「ただね、登夢くんは自宅の鍵を持っていないんだよ。
鍵がないと、着替えや学校の道具に不自由するでしょ」
岸田の婆さんはナデシコを生けた青磁の一輪挿しを、下駄箱の上に飾った。
いつも何かしらの花が生けられている。
確か昨日は、淡いピンクのコスモスだったように思う。
オイラの部屋には似合わないが、植物はいいもんだ。
「管理業者に事情を説明したらどうかな」
「そうだね、簡単なことなのに、私ったら思いつかなかったよ。
じゃ、すぐに連絡するよ。
そしたら、前村さんは、登夢くんのご両親を探しなさい。
仕事の合間でいいからね」
「けどよ、どうやって?」
「情けないねぇー、お父さんの職場か、実家に連絡したらどう?」
「ふむふむ、―― え? 登夢くんのお父さんの職場ってどこだ?
岸田の婆さん、知ってるか?」
ついつい口が滑ったが、岸田の婆さんは気にしていない。
「縄手川町の商社と聞いたような・・・」
「うん、オイラもそこまでしか知らないよ」
「じゃあさ、それも管理業者に尋ねてみるよ」
「個人情報で教えてくれないぞ、たぶん」
近頃は猫も杓子も 「個人情報」 と小難しい。
厳重に管理していると主張する割に、情報漏洩問題で頭を下げる姿を頻繁に見るのはどういうわけか聞きたい。
「当たって砕けろよ。
私たちに教えられないなら、そっちで両親を探してくれってね」
「なるほど」
オイラは今治タオルを簡単に畳み、岸田の婆さんに返した。
腹の虫が食事の催促を始めた。
「管理業者と連絡がついたら、前村さんの部屋を訪ねるよ。
さあ、食事しておいで」
「うん、ありがとう」
すぐ前だから要らないと断ったのだが、岸田の婆さんは強引に傘を持たせてくれた。
しかし、男が差すには抵抗を感じる派手な花柄プリントの傘だ。
他人に見られでもしたら・・・、 図体のでかいオイラは身体を縮こませ、足早に帰宅した。
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