独占インタビュー 〜旧型コロナ、息子を語る〜  | 七色祐太の七色日日新聞

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怪奇、戦前文化、ジャズ。
今夜も楽しく現実逃避。
現代社会に疲れたあなた、どうぞ遊びにいらっしゃい。

ーーみなさんこんにちは、七色日日新聞記者の塵芥です。例年ならばそろそろ餅の準備でも始めようかというこの季節、今年は例の騒ぎで、それどころではないですね。年の初め頃はまだ呑気なもので、田舎では新型コロナと豚コレラを混同している老人などが見られたくらいですが、今や状況は一変、いつまでこれが続くかという数年先までの予想合戦で、鬼も笑い疲れて涙が枯れ果てておる始末です。そんな中、何と本紙は、あの世界に冠たる「ニューヨーク・タイムズ」「ワシントン・ポスト」等の一流有力紙を華麗に出し抜き、この騒動の鍵を握る、ある超重要人物への接触に見事成功。早速これより独占インタビューを行なっていきたいと思います。それではよろしいですか、旧型コロナさん。

 

はい、どうぞどうぞ。まったくこのたびは、倅がとんだご迷惑をおかけしまして、お詫びのしようもございません。

 

ーーいえ、もちろんご家族に責任がないことは分かっております。しかしさすがにここまで大きな騒動になると、加害者の一族ということで、家にもひどい嫌がらせを受けたりはございませんか。

 

まあ、隣近所の者は誰も話をしてくれなくなり、向こうもウイルスのくせにわざとマスクを着けたりと嫌らしいことをしてきますが、わしらウイルスの世界はもともと確固とした住居がないもんで、いつもそのへんに浮かんでおりますから、貼り紙やピンポンダッシュなどの被害は別にありません。ただ、固定した住処はなくとも、一定の縄張りというか、領地のようなものは持っておるのですよ。

 

ーーあなた方の世界は、いまだに封建社会であるわけですよね。

 

そうです。わしらウイルスの種族というのは、どれも相当の歴史を持つ家ばかりですから、大変身分秩序が厳しいのです。中には有史以前から続いておる家さえありますからね。コロナの家も、みなさんの想像よりずっとずっと古くて、この地方ではなかなかの上級国民なのですよ。それがこの度倅が起こした騒ぎで、特に江戸のほうが連日ひどい被害を受けているということで、お上の大変な怒りを買ってしまい、日々150石前後の領地が減らされておるので大変です。

 

ーーしかし土地は減っても、歴史の重みに支えられた相当の家格であるわけですが、跡継ぎはどうなさるのです。やはりなんだかんだ言っても、結局は、血を分けた息子さんに……。

 

あれはとっくに廃嫡しました。あれのせいで、わしらの家は滅茶苦茶です。二度と顔も見たいと思いませぬ。代わりといたしまして、多少血筋は異なりますが、香港あたりからインフル系の養子を入れる計画を秘密裏に進めております。今朝がた家臣を現地まで交渉にやりましたから、季節風に乗って3日もあれば着くでしょう。

 

ーーそうでしたか、息子さんのことはすでに勘当なさったわけですね。まさにお家断絶の一大危機、心中お察し申し上げます。ところでその、問題の息子さんですが、幼い頃はどのような人物だったのでしょうか。

 

あれはもともとおとなしい性格で、本を読むのが何より好きでしたね。家にある和漢の書を読み終えると、ついには洋書にまで手を伸ばし始めたのですが、今考えるとどうも、あれが良くなかったのだと思います。

 

ーー現在の息子さんの動きを見ると、少なくとも210カ国以上の言語に精通しておられるようなので、相当な数の洋書を読まれたのでしょうね。

 

長崎あたりからも、各国の辞書だの歴史書だのを、人を介して随分取り寄せておったようですからね。元服した頃には海外留学の夢まで語るようになっておりました。町でも「コロナの倅は文がある」と評判になりまして、奉行所にまで噂が聞こえ、折しも開国への機運も高まっているご時世だから、藩の費用で留学させてはどうかとの話があり、私も親として本人の希望を叶えてやりたい一心で、ついに外国行きの船に乗せてやったのです。しかしまさか、そのまま、七つの海を股にかけて暴れるやくざ者になろうとは夢にも思いませんでした。

 

ーー海外へ向かったその後は……。

 

公には隠しておりますが、実はそのまま脱藩してしまったのですよ。

 

ーーうーむ、それでは親としては縁を切らざるを得ない……。

 

ええ、ちゃんと関係を断っておかねば、とばっちりを受けでもしたら大変です。今の時点ですらわしらコロナ家は周りから村八分にされておりますのに、この上誰かの差し金でイソジンでも差し向けられた日には終わりですよ。

 

ーーでは、今まで伺ったところによると、お父さんは、縁を切って以降、息子さんの現況に関して何一つご存知ないわけですね。彼が最終的に何を目的としているのかも。

 

その通りです。コロナの家は、長年人様を苦しめることもなく静かに暮らしておりましたのに、奴め、世界中に肺炎など蔓延させて、一体どうしようというのか……。

 

ーーお父さん。実はここに、私どもの社が大変な危険を冒してまとめた、現在の息子さんに関する極秘の調査結果があります。これにはっきり書かれていることですが、よく聞いて下さいよ、彼が今世界にばら撒いているのは、なんと、肺炎などではないことが分かったのです。

 

何をおっしゃいます、わけの分からぬことを。禅問答なら御免ですぞ。

 

ーーいえ、私は何も観念的な話をしているのではありません。正真正銘の事実だけを述べております。先ほどあなたは、息子さんが洋行したのには、開国を望む世間の風潮の後押しもあったと言っておられましたよね。実は息子さんは、現在でもその出発時の使命を果たすべく、たった一人で全世界に、日本との友好、世界平和の思想を日夜説いて回っているのですよ。

 

馬鹿なことを言いなさるな。奴が撒き散らしているのが肺炎だということは、毎日、ありとあらゆるメディアがやかましく報じているところではありませんか。

 

ーー報道など信じてはいけません。いいですか、あれらは全て、クーデターで幕府転覆を目論む攘夷派の連中が、さももっともらしく流している大嘘なのですよ。息子さんが世界と日本の友好の架け橋となるべく巡礼しておることが分かれば、開国ムードは嫌が上にも高まり、攘夷派にとっては非常に都合が悪いですからね。実際、わが社が調査を行う過程でも、すでに三人の記者が攘夷派によって斬られ、命を落としています。

 

まさか、そのようなことが……。

 

ーーお父さん、息子さんの運動は、この数カ月間で、着実に成果を挙げてきました。スウェーデンなどは最初から何の抵抗も示さず、むしろ息子さんの思想を進んで受け入れ、真っ先に我が国との友好を約束してくれましたし、最も強敵と思われた英米二カ国ですら、ついには国のトップ自身が息子さんの考えに共鳴し、特に米国に至っては、大統領閣下が「日本はそんなに危険な存在ではないこと」を日夜積極的に国民に訴えてくれております。当初こそ息子さんは「コロナなんていらない」「もうコロナはたくさんだ」と保守派からあちこちで拒絶されましたが、今ではどうでしょう。世界の大勢は「ウィズ・コロナ」へと一変し、かつてとは隔世の感がありますね。これはすなわち、世界中が息子さんの説く思想、すなわち、わが国との平和的共存を立派に認めたということなのですよ。

 

なんと。そうすると、倅は決して極道者になってなどいなかったと……。

 

ーーそうなのです。息子さんは幼い時から何一つ変わっていないのです。多くの本から得た知識と信念で、世界の目を開かせるべく海を越え、自らの故郷に迷惑をかけぬようあえて脱藩し、誰にも知られず、孤独の中、この国を救うべく布教活動を続けておられるのです。

 

そうだったのですな……。ああ、わしは何と愚かだったのじゃろう。そのような事情も知らずに縁を切り、畜生にも劣る親不孝者と罵り続けるなど……。しかし世間はこのことを知りませぬ。このままでは、攘夷派の流すデマのせいで、わしらの家、何より、わしの倅は誤解されたままになってしまう。かくなる上は、この真実を、一刻も早くお上に届けねばなりませぬ。

 

ーーその通り、もちろん私もそのつもりです。しかしこれは、文字通り命がけですから、決して事が外部に漏れぬよう慎重を期さねばなりません。さあ、もっとこちらへ寄って下さい。まずは私たち二人で内容をじっくり協議して、幕府中枢への密書をしたためようではありませんか……

 

 

追記

 

長年本紙上において熱筆を揮いし主筆塵芥氏は

去る十月某日取材相手宅に出向きて

密室にて密着で密書の密談を親密に行いし結果

旧型コロナ発症し荼毘に付されたる為

密書のその後につきては歴史の闇へ埋没し

コロナ一族は改易取潰しと相成りて

今や攘夷派の物騒なる流血騒ぎ起こらぬ夜は無く

幕府の瓦解もまた近き気配濃厚なるも

万人恐怖 言う莫れ言う莫れ