その後、看護師と一緒にトイレまで歩けるか確認し、体を拭いてもらい、着替えをすませました。


手術費用などの支払いは、土曜日だったので、一週間後の金曜日に診察と一緒の支払いでいいとの事でした。


看護師にお礼を言い、二人で病院を後にしました。


16日夜から三日間でしたが、長い長い3日でした。

戦いを終えたような晴れ晴れした気分でした。


でも、まだこれからが長い戦いなんだろうな。。。

普通の生活に戻れるのはいつになるのだろう。


さまざまな不安を抱えながら、車を走らせました。


家に帰ると、どっと疲れが出ました。

息子も疲れた様子でした。


しかし、これからの準備をしなければなりません。

2階の自室には寝させるのが不安だったので、リビングに布団を敷いて寝ることにしました。

万が一夜中目が覚めてトイレなどがあるとき、右手が骨折したので手すりも持てず危ないと判断したからです。


私もリビングに一緒に寝ることにしました。


むくみが酷いので、寝ていても常にクッションを下にしかなければならないからです。


寝相も悪く寝返りするため、起きて直すという作業をしました。


痛みは相変わらず酷く、6時間開けなければならない痛み止めが待ち遠しかったです。

しかし、飲んだからといって痛みがひくわけではありませんでした。


飲んだのに全然きかない、まだ痛い。


という日々が一週間近く続きました。

2021.9.18



激しい痛みと戦い続けた地獄のような夜がすぎ、朝をむかえました。

結局二人とも対して眠れませんでした。


7時。

朝ごはんの時間になりました。


おかゆ、鶏肉団子、切り干し大根、味噌汁、だったと記憶しています。もしかしたら、もう一品あったかもしれませんが。


お腹がすいていた息子ですが、1/3も食べられませんでした。


美味しい美味しいと喜んで食べていました。


息子が食べられた事にほっとし、私は買って残っていたチョコレートを食べました。


9時頃担当医がきました。


息子の様子と傷口の様子、指の神経や麻痺がないか、むくみなどを見にきてくれました。


『傷口もきれい、指の末端も感覚があるし、動きにも問題ない、手術は成功です。むくみはとれてくると思います。今後も指や肘の曲げ伸ばし、手首の曲げ伸ばしは気にして行うようにしてください。固まっちゃうので』

と言いました。


『これで経過もいいので、今日でも退院はできます。心配なら入院も可能です』

と言われ、私はビックリしました。

まだ入院だと思っていたからです。


息子に聞くと、帰りたいと言ったので、午前中に退院する事にしました。


私は慌てて退院準備をし、家族に連絡をしました。

手術は午後3時から始まり、7時に終わりました。


当たり前ですが、行く時は自分で歩いて元気に行ったのに、帰ってきた姿は全身に色々な医療器具をつけ、酸素吸入器をつけ、意識も朦朧とした状態でした。



テレビドラマやニュースやドキュメンタリーでは何度も見る、術後の当たり前の光景。

大変だなぁとは思ったりそれなりに切なく思っていましたが、我が子の姿はそれまでの感情とは比べものにならないくらい辛く生き地獄のようで涙が止まりませんでした。


他人はよくて、我が子なら違う感情が芽生えるなんて、私は自分勝手で愚かな生き物ですね。



毎日医療に携わる看護師さんなら、自分の子供でも他人の子供でも同じ気持ちでいられるのでしょうか。。。



少しすると息子が小声で何か言いました。


『喉がかわいた』


しかし、術後しばらくは飲食禁止です。


私は『そうだね、もう少ししたら沢山飲もうね。ママもそれまで飲まないから』と言いました。


酸素吸入器をつけていると、喉がかわいたり痛くなったりするそうです。


その後も痛みで眠れず、痛い痛いと言いながら、あちこち痒いとか、布団が暑いとか色々言っていました。


駆け寄りお世話をする私に、息子はそのたびに『ごめんね、ありがとう』と言いました。


痛み止めはなかなかきかず、痛がるとナースコールをするのですが、看護師も、『ごめんね、痛み止め強くしてあるから数時間後じゃなきゃ使えないの我慢してね、痛み止めもあまり体によくないからね』と言いました。



痛がる息子の腕を擦りながら、頑張ろう頑張ろうと声をかけ続けました。


私のために用意してくれた簡易のベッドはとても助かりました。

昨日から寝ていない体は、とても疲れていました。横になり、息子が休んだ数十分でも眠れた事はありがたかったです。



我慢我慢の2時間がすぎ、21時半頃、ようやく水が飲めるようになりました。

看護師がお腹の様子を見ながら少しずつストローで飲ませてくれました。


私はそれを観察し、次回から自分でやりますと伝えました。


息子は

『美味しい』

と喜んでいました。


水分が取れ、だいぶ気分がよくなったようでした。

私と会話も楽しめるようになりました。


ただ、一方で痛みは引かず、痛み止めもきかず、激痛にひたすら耐えていました。


息子は、『これ目が覚めたら夢だったとかないかな?と思った。この痛み、ママなら耐えられなかったと思うよ』と言っていました。


『そうだね、夢ならよかったなとママも思ったよ。痛いのに昨日から全然泣かなかったね、偉いよね、強くなったね』と、私は言いました。


あんなに泣き虫だった息子の、驚きの成長でした。


大変な夜は過ぎ、明け方になりました。