今日は変わった人を見かけた。
その人は五十代くらいのおばさんで、道路の左側を自転車を押しながら歩いていた。ここまでは普通だ。
どこがちょいと変わっているのか。
おばさんは道路で自転車に乗った人とすれ違う度に、その人に対して大きな声で「自転車は左側通行です!!」と叫んでいた。
ホントに大きな声で半狂乱で絶叫していた。
どういうことかというと、おばさんは道路の左側を自転車を押して(または乗って)通行している。
自転車は一般車両と同じ左側通行なので、左側を進んでいる自分と正面からすれ違うということは、相手は右側通行をしていることになる。つまり違反行為をしているのだ。
その違反行為をしている人達ひとりひとりに対して、おばさんは一心不乱に「自転車は左側通行です!!」と絶叫していた。
案の定誰もその声を聞くことはなく、すれ違ってから「俺(私)に言ったのかな?」って感じで少し振り返る程度だった。
周りの歩行者は、おばさんが絶叫する度に「なんだ?」って感じでちょっとだけ見る。僕もそうした。
もし僕がその時自転車に乗っていて、そのおばさんにすれ違いざまに注意されたとしたら、ガン無視を決め込んだだろう。
しかし、おばさんの主張は「正しい」。何一つ間違っていない。現行の道路交通法(正式名称こんなだっけ?)に照らし合わせれば、おばさんはそれを守っていて、すれ違う人はそれを破っているんだから。
半狂乱の金切り声を繰り返し聞かされる、周りの歩行者の迷惑をひとまず度外視すればだけど。。。
だから僕がおばさんに対して抱いた純粋な感情は、「(声が)うるっせえなー」ということだけだった。
「頭オカシイやつがいる」とか、「ああいうおばさんいるよなー」とか、「正義を振りかざして世直しのつもりか、哀れな人だ」とか、微塵も思わなかった。
ただ、あんまり見かける光景ではなかったので、冒頭のようにそのおばさんを「変わった人」と形容した。
もっとそのおばさんの内面を想像すると、「自分は絶対的に正しい主張をしているのに、周りの人々は私の声に耳を貸してくれない。いやむしろ冷たい視線を、変質者を見るような視線を送りつける。やりきれない。私ひとりの声ではこの流れは変えられない。違反者が堂々と闊歩し、順守している自分が変人扱いされる。なんて不条理なんだろう。」
と思っているかもしれない。でもこれはあくまで想像だ。実際のところはわからない。
だから僕の抱いた感情は変わらず「(声が)うるっせえなー」というシンプルな不快だけだ。
おばさんにとって違反者に対する注意は、実は自己陶酔のための手段なんじゃないだろうか、とか、多数派になれば違反は正常で律儀に守る方が異端になるっていう状況はどうしたもんだろう、とか。
そんなことは考えなかった。