ひとりごと。 | ああいえBAR 旧館・支那竹銀座より

ああいえBAR 旧館・支那竹銀座より

「支那竹銀座」はラーメンズ小林賢太郎さんに名付けてもらいました。
負け犬というよりバカ犬。飼い主には従順素直。
悪そうなヤツや知らない人には、吠えたり噛み付いたり。
エサくれたら恩は忘れません。面白いエンタメを求めて日々彷徨っています。

思い出というのは、厄介だなと思うことがある。

 

誰かと共有できる楽しい思い出ならいいが、

そうでないことのほうが大半だ。

 

この前の若手俳優の自殺は、彼を直接知らない私でも

心がギュッと痛くなる出来事だった。

第三者どころか、第ン万者ぐらい遠い存在なのに、

それでも、気持ちの整理がちょっとうまくできないと感じている。

明日はもっと近くで、そんなことが起こるかもしれない。

その時、その人との思い出は、

どう整理して、どう処理していくのだろう。

 

ダメな人間と思われるかもしれないけど、

15歳で別れた母との思い出、いまだに手付かずの部分もある。

幾年を経ても、自分があの頃の気持に戻りたくなくて

手がつけられないでいる。いい年して…。

 

人生の半分もとうに過ぎて、自分の思い出だけではなく

父や母の思い出も清算して(私の家はここで代が滅びるからね)

この世を去らなくてはいけないのに、作業が多すぎるし、

気持ちが進まない。

 

消したくないという思いより、思い出したくないが強いし、

自分は永遠に手に出来なかったコトと向き合うという辛さもあるし。

どちらかといえば、今はその後者の気持ちが強いな。

 

ラブラブな元カレとの写真、…なんてものも

ひとつもないまま、死んでいくんだから(笑)

 

できることなら、その時がきたら

我が家のすべてのものを一気に何も残さず処分して

楽に死なせてくれる、協力してくれる誰かを探したい。

僅かながらの最低限のお葬式代と、

協力してくれる人へのできる限りの感謝のお金を用意して。

 

 

 

 

 

 

………って、

 

ずーっと思って生きてきた類の人間なので、

京都のあの事件は、私は裁かれないでほしいと思ってる。

遺された家族の気持ちもわからなくはないけど、

アラフィフ、女性、難病…女性の気持ちのほうがもっともっとわかる。