「愛してるって言ってよ」 | ああいえBAR 旧館・支那竹銀座より

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「支那竹銀座」はラーメンズ小林賢太郎さんに名付けてもらいました。
負け犬というよりバカ犬。飼い主には従順素直。
悪そうなヤツや知らない人には、吠えたり噛み付いたり。
エサくれたら恩は忘れません。面白いエンタメを求めて日々彷徨っています。

最近のSNSの繁盛?ぶりは

すごいなぁといつも思っているんですが、

一番すごいと思っているのは

自分に対する自信の強さ。

 

私はカメラを向けられたら、

撮らないで!と思うし、

美容院とかの鏡も苦手。

とにかく昔から自分の容姿に自信がないから

「自撮り」とか、えーなんで?

人に顔を晒すことを恐れないの??

えっと…恐れたほうがいいんじゃない???

みたいに感じるのですよ。

 

私が学生時代にはなかったけど、

もしかして、いつからか

「自分の容姿に自信を持つ」ための科目が出来た?

 

表題にもどりますけど、

「愛してるって言って」も

相当な自信がないと言えない台詞です。

 

「愛」の姿もわからないのに、

言葉にする苦労もそうだけど、

「ごめん、愛してないよ」と言われる

可能性を考えはしないの??

 

ってね。

 

まぁ、でも、その辺をクリアに

なんなら積極的に

「〇〇のそういうところ好きだよ」とか

「もちろん、愛してる」とか

そういうのを真実味を持った説得力で

言える男性はモテるだろうな、とは思う。

 

だいたい、「言わなきゃわかんない」ですからね。

 

「言わなくても判れよ」っていうのは、

日本人男性のよくないところです。

 

でも、その不器用さ?が魅力になる場合も…

あるのかな?

けど、それは魅力を認める相手(つまりは恋愛)に

限ってのことであって、

仕事で「言わなくても判れよ」は、

甘えんなよ!とバサッと袈裟斬り。

または、菜々緒蹴り。

 

あ、数度目の説明とかは別よ。

可能な限り、解りやすく、ミスのないよう

相手にしっかりと伝達すること…が重要。

な、はずなのに、最近多いんだよね。

 

「メール送っておきました」とかいって

コピペ文で説明不足だったりさ。

 

聞こえない挨拶は挨拶じゃない、という

名言に乗っかるなら、

相手が理解できない説明は説明じゃない。

さらに、相手が「判らない」と聞けない状況は

絶対に良くない上下関係なんだよ。

 

ちゃんと、言わなきゃ。

 

相手がバカであったとしても、

その人に合わせてちゃんと判るように

言わなきゃだめなんだ。

言わなきゃ伝わらない。

判れよ、と思うのはそっちの勝手。

関係によっては単なる「傲り」だし「甘え」だし

「パワハラ」なんだよ。