「やらなきゃいけないこと」ことの大半は「やりたくはないこと」で
それを終えれば「やりたいこと」が待ってるというのが
一般的に『日々を楽しんでいる』人間たち。
「苦しんだ」「疲れた」の報告とともに「楽しむ」宣言をして
「楽しんだ」の事後報告とともに
翌日からの「苦しみ」「披露」の事前告知をする。
そんな生活がプラスマイナスゼロだと勘違いしてることが腹ただしい。
苦しみと楽しみが同量あったとしても
「苦しみ」を越えた先を待ちわびる「楽しみ」があって
「苦しみ」を癒やしたという「喜び」があるにもかかわらず
それを忘れてプラマイゼロにしてしまう感覚。
実に贅沢で実に身勝手で被害妄想の塊にも程がある。
「好きなこと」「やりたいこと」つまりは「楽しみ」がない僕にとって
毎日とは「やらなきゃいけないこと」の消化の繰り返し。
義務を追えた先の未来はいつも
現実的にも比喩的にも夜の闇。
30分間のアニメで消せる人間も羨ましい
1時間のドラマで消せる人間も羨ましい
月1回のイベントで消せる人間も羨ましい
酒は嫌なことを忘れさせてくれるようだが
嫌なことが無くなった記憶や心のなかに
「楽しい」が埋もれている人にしか有効じゃない。
生きづらい人生ではあるけれど
そんな人生を歩んでいる人間だからこそ
自分が世界を譲ってあげるほどの技量や余裕はなくて
だから自殺願望は不思議とないけれど
常に世界心中を望んで天災と地政学リスクに胸踊らせている。
しょうもない世界だ
しょうもない人生だ
しょうもない人間だ