そこ。
кと、
どの歌詞が良いかと、
話をしていて。
私は、
君と書いて 「恋」 と読んで
僕と書いて 「愛」 と読もう
の部分が良いと言ったら、
「えー。
片っぽが “恋” だけじゃん。」
って言ってたкが好き。
「一生に一度のワープが良い」
って言ったкも好き。
あと、
50になっても同じベッドで寝るの
ってとこも好きって、
私が言った時、
「50歳までしか一緒に寝ないの?」
って、
普通の顔して言ってくれた、
кも好き。
でも、
「恋」 と 「愛」 とを繋げたら、
「恋愛」 になるんだよ?
そんなの、
離れそうもないでしょう?
だから好きなんだ。
この曲が、
ずっとずっと、
2人のテーマソングであり続けて欲しいな。
もちろん、
50歳を過ぎても、ね。
二極端。
私は、
きっと、
貴方が想像してる以上に、
脆くて、
弱くて、
醜くて、
汚い人間で。
本当の自分を、
見せてるつもりだけど、
そう居られているのかは、
自信が無い。
傍に居れば居る程、
貴方が遠く感じるなら、
いっそ、
しばらく居なくなりたい。
誰の目にも触れることなく、
過ごしたい。
でも欲を言えば、
その姿を、
貴方には、
そっと見ていて欲しい。
そして、
そんな、
ありのままの自分も、
好きだと想って欲しい。
好きだと言って欲しい。
なんて我ままな思考。
なんて、
身勝手な欲。
100番目でもいいから。
『その人の、
好きな人の、
1番になれなくても良い』
『2番でも、
3番でも、
100番でも。
その人の心の中に、
少しでも、
自分が入れる隙間や、
時間があれば、
それで良い』
なんていうのは、
キレイ事だって、
ずっと思ってた。
1番になれないことへの、
ただの言い訳だって。
だって、
本当に好きだったら、
絶対に、
何が何でも、
その人の1番になりたいって、
思うはずだから。
2番や、
ましてや、
100番で満足だなんて、
考えられない。
って。
でも、
たぶん、
私のその考え方は、
間違っていたんじゃないかと、
最近思う。
だって、
もし、
この遠い将来、
кの1番が、
私じゃなくなったら。
私がする努力の、
何千分の一の力で、
もっともっと、
кのことを、
何千倍も、
幸せにしてあげられる人が現れたら。
そうしたら私は、
きっと、
こう思うのだろう。
『1番じゃなくてもいい。
100番だって全然いい。
ただ、
кが幸せで居てくれたら。
自分には、
кと居られる時間が、
一生の中で、
一秒でもあればそれでいい』
きっと、
そんなことを、
考え出すに違いない。
だってそれは、
кの幸せが、
自分の幸せ。
だから。
кが幸せでないなら、
そこに、
私の幸せなんて、
有り得ないから。
成り立たないから。
そんな、
無償の気持ちを誓える程、
それくらい、
好き。