LGBT法とインセスト・タブー | 方丈随想録

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感じたこと、思いついたことを気ままに投稿します。

赤ちゃんが誕生した際、親やその親族はその赤ちゃんの性別を非常に気にするものだ。赤ちゃんの誕生を誰かに知らせる場合、「赤ん坊ができました」とか「子どもが生まれました」と言うよりも、「男の子が生まれました」とか「女の子ができました」とか表現する方が多いのではないだろうか。性別を気にするのは大人の方で、当の赤ちゃんは自分が男か女かは意識していないだろう。意識はしていないのだが、男の子であれば男児用の衣服や玩具を用意され、女の子であれば女児用の衣服や玩具を準備される。生物学的には男の子はオス、女の子はメスに相違ないのだが、そうした生物学的な雌雄を自覚し始めるのは第2次性徴の時期からだろう。しかし、誕生して間もなくから、「あなたは男の子」とか「あなたは女の子」だという文化的な「刷り込み」が始まる。嗜好的にも、ごく幼児の時から男女に微妙な差が生じ、その差を衣服、玩具、言葉使い、行動様式、お稽古事などの文化で促進していく。

「男女、七歳にして席を同じうせず」とかいう言葉があるが、幼児時代に男の子も女の子も性差を意識せず遊んでいたが、就学期前後に男の子は男の子同士で、女の子は女の子同士で遊ぶようになる。目には見えない壁が男女間にできたようにである。やがて接近しあうのが思春期ということだろう。

「自分は男なんだ」とか「自分は女なんだ」という自己の性にかかわるアイデンティティを人は次第に身に着けるのだが、なぜかそれがうまくいかない人が生まれる。体は男でも心は女とか、その反対のケースである。「性同一性」というのだろうが、それをうまく達成するには心理的な葛藤を伴う過程を大なり小なり人は体験するのではないだろうか。だから「男であって女でない、女であって男でない」ものに関心が高まる性向が生まれるのだ。典型的なのが宝塚歌劇とか歌舞伎なのだが。

何を言いたいのかというと、生物学的にオスに生まれれば男としての生き方を運命的に引き受けなければならないということ、逆に生物学的にメスに生まれれば女としての生き方を運命的に引き受けなければならないということ、このことを子どもは成長の過程で学び、自覚するのだ。この運命に抗う生き方は「タブー」なのだ。芸能の世界で男が女役を演じ、女が男役を演じることは許されるし、そうした芸能を観て興奮することは一種のカタルシスになる。芸能世界では許されても、それ以外の社会では原則禁止が社会の暗黙の了解なのだ。

今まで社会の暗黙の了解であったものを一片の法律で覆そうというのがLGBT法だ。国民的議論はそっちのけで、岸田首相がアメリカの顔色を窺って成立させた法律だ。更に、札幌地裁が同性婚を認めないのは憲法違反だという判決を出した。

ここで問題なのは、人間という存在は「社会的存在」であるわけだが、何も法律だけに規定されて生きているわけではないことだ。自由権、平等権、幸福追求の権利などは尊重されるべきだ。しかし、動物的存在としての人間は得体のしれないものを持っており、そのマイナス面を抑制するために「タブー」というものがあるのだ。具体例として近親婚がある。相互に愛しているからといって「きょうだい婚」を認めている社会はない。父とその娘の結婚、母とその息子の結婚も認めてはいない。自由権も幸福追求権も主張できない領域というものがあるのだ。「タブー」というのはいささか前近代的なものだから、近代以降は「常識」(common sense)と表現した方がいいかもしれないが、法以上の規範が社会に存在し、その規範が社会を維持しているのだと思う。

岸田首相と国会がLGBT法を成立させてしまったが、それは大きな誤りだと思う。その理由は、法律を支えている目に見えない規範は法律で壊すことができる、という先例を作ったからだ。

つくづく、岸田首相は日本政治史の上で「<超>最低かつ最悪の首相」だと感じる。