「想い」の存在が運命をひらく!その64 | ラベンダーのお庭

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私の興味と関心のおもむくままに、聞いた話や、
心が軽くなるお話を書いていきたいと思っています。

 

 こんにちは。

 

 ラベンダーのお庭にようこそ。

 

 今日は「想い」の存在が運命をひらく!

 

 その64回目ですね。

 

 今日は、「無財の七施(むざいのななせ)」の

 

 その二です。

 

 

 2、愛語施(あいごせ)・・真心を込めて明るく語る。

 

 愛護ではなくて、「愛語」なんです。

 

 ということは、言葉には、愛がないといけない。

 

 つまり、なにげない普段の「言葉」に

 

 どのような「想い」をのせてしゃべるか、

 

 ということですね。

 

 

 そして、その「想い」次第で運命が変わるのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 こういうことがありました。

 

 

 

 一つ目の例です。

 

 

 

 とある競技で、失敗をした選手に、ほかの選手が、

 

 「どんまい!」

 

 と声をかけたのです。

 

 すると、

 

 「ありがとう!気にしないよ。」

 

 という反応が返ってきました。

 

 

 そして、二つ目の例

 

 

 失敗した選手を見ていた人:「どんまい!」

 

 選手:「どうして、お前なんかに言われないといけないんだ!」

 

 

 

 はい、この両者の違いは、何でしょうか。

 

 言葉は、同じ「どんまい」です。

 

 

 

 …ところで、どんまいって、

 

 …英語で、「ドントマインド」、つまり、「気にするな」

 

 って意味なのでしょうが、

 

 その言葉の背景として、

 

 どのような「想い」をこめて発言したのか。

 

 これがものすごい効果の違いを生むんですよね。

 

 

 一つ目の例は、

 

 あたたかい相手をこころから励ましたいという「想い」

 

 二つ目の例は、

 

 相手を冷たく、見下したような「想い」

 

 

 …そうなんです。

 

 相手は、言葉ではなくて、

 

 言葉の裏側の、「想い」に反応していたんですね。

 

 

 こういうことがあるので、

 

 「丁寧な言葉をつかえば、それでいい」

 

 とは、ならないんです。

 

 

 

 今、実際に、私は、毎日、

 

 言葉には「愛」をのせて、発言できているでしょうか。

 

 

 

 実は、言葉ももちろん大切なんですが、

 

 その言葉にどのような想いをのせるか、

 

 つまり、自分の中の「想い」が一番、大切なんですね。

 

 

 

 

 

 読んでいただき、ありがとうございます。