「想い」の存在が運命をひらく! その57 | ラベンダーのお庭

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私の興味と関心のおもむくままに、聞いた話や、
心が軽くなるお話を書いていきたいと思っています。

 

 こんにちは。

 

 ラベンダーのお庭にようこそ。

 

 今日は、「想い」の存在が運命をひらく!

 

 その57回目ですね。

 

 

 

 「想い」とひとくちにいっても、

 

 様々な種類の「想い」がありますが、

 

 今、問題にしているのは、

 

 「徳」につながる「想い」なのです。

 

 で、「徳」って言われても、ピンとこないし、

 

 そもそも、「徳」の高い人って、今は、あんまりそういう言葉を

 

 使う人も減ってきたような気がします。

 

 

 

 

 言葉がつかわれなくなると、

 

 その考え方もすたれてきますよね。

 

 だから、

 

 「徳」という概念そのものも、

 

 ほんとうに知っている人以外は、あんまり、

 

 ピンとくる概念ではなくなってきているような気がします。

 

 

 ただ、これが、

 

 どれくらい、その人の運命に影響しているのかを知ると、

 

 …誰も関心がないなんて、言えなくなると思うんです。

 

 

 そこで、「徳」という言葉を、具体的に表現すると、

 

 どのような行動になるのか、

 

 それを、もう少し、考えていきたいと思います。

 

 

 でも、そんなに難しくないんですよね。

 

 なぜなら、昔の人は、言われなくても、

 

 そういう感覚を持っていたし、

 

 もちろん、体験上も、知っていたんですよね。

 

 

 それが、どうしてわからなくなったのか。

 

 それは、戦後の教育の問題もあると思うのです。

 

 

 

 私の中で、「徳」の高い人って、

 

 周りをよく見て、

 

 気をつかえる「やさしい人」という定義になります。

 

 しかも、周りのすべての人をしあわせにする行動がとれる。

 

 それは、閔子騫の継母しかり。

 

 閔子騫のお父さんもしかり。

 

 はじめは、継母にいじめられたお話なのに、

 

 継母に仕返しをするお話かと思ったら、

 

 …そうではなかった。

 

 …つまり、お話の中で、閔子騫の「想い」によって、

 

 誰も不幸になっていないんです。

 

 それどころか、閔子騫の想いにふれて、

 

 みんな格段に成長ができて、しあわせになっている。

 

 

 このお話の中で、では、いったい、

 

 誰が得をしたのかと言うと、

 

 

 

 閔子騫をとりかこむ、周りの誰もが

 

 閔子騫の「想い」、つまり、

 

 「徳」の高い「想い」によって、「得」をしている。

 

 

 もちろん、閔子騫自身も、しあわせになって、

 

 自分も得をしている。

 

 

 近江商人のお話の中で、

 

 「三方(さんぽう)よし」というお話があるんです。

 

 それは、ひとつも欠けてはいけないという考えかたで、

 

 

 1、売り手にとって良い結果。

 

 2、買い手にとって良い結果。

 

 3、その買い手と売り手をとりまく、社会にとって、良い結果。

 

 

 確か、こういう商いをすることを目指すんですよね。

 

 

 

 でも、閔子騫は、

 

 それを人生で実に見事に実践している。

 

 

 

 

 そういう人が、「徳」が高いという人なんですよね。

 

 そして、そういうふうに気をつかえる人は、

 

 しあわせにならないはずがないというわけなんです。

 

 

 

 現在は、そういう考え方がすたれて、

 

 今は、あまり、見かけなくなりましたが。

 

 

 

 

 読んでいただき、ありがとうございます。