BIG BLUE SKY -around the world- -4ページ目

RW-14, Exile/Geoffrey Oryema


[Exile/Geoffrey Oryema] (1990)

1. Piny Runa Woko 2. Land of Anaka 3. Piri Wango Iya
4. Ye Ye Ye 5. Lacan Woto Kumu 6. Makambo
7. Jok Omako Nyako 8. Solitude 9. Lubanga 10. Exile


ウガンダ出身 Geoffrey Oryema のデビュー・アルバム。Oryema は ’77年に国を出て、パリで亡命生活を送っていた。そのパリのクラブ・シーンで活動しているところを WOMAD 財団のメンバーに見出されて、Real World レコードからデビューするに至った。

『 経歴と切り離して、純粋に音楽を聴くことは、何て難しいのだろう 』

“Exile” というタイトルを見て、ライナーに書かれた Oryema の経歴を読んでしまったら、もう音楽のみを純粋に聴くことは難しい。Oryema の言葉が分かったとしたならば、さらに難しいことだろう。

そのような事情はあるものの、Oryema が優れた歌い手であることは、直ぐに理解できた。幅広い音域を操り、低音域と高音域では全く違った表情を見せる。重層的に配置されたバッキング・ボーカルが、Brian Eno のプロデュースと相俟って、幅と深みを作り出している。Eno の作り出す音空間と、Oryema のボーカルとは実に愛称が良い。



[RW-25, A Week in the Real World - Part 1/Various] (1992)  ギタリスト Carlos "Pajaro" Canzani と共演した ”Lubanga” ライブを収録


Oryema はまた優れた楽器奏者でもある。7弦ハープ Nanga,親指ピアノ Lukeme,そしてギターとフルートを演奏する。そのような Oryema の楽曲は、メインで使う楽器によって曲調が決まっている。

Nanga 楽曲は、複雑なリズムとリフに乗せたボーカル・パフォーマンスが特徴的だ。一曲目 “Piny Runa Woko” のリズム構成は、’80年代の Discipline 期 King Crimson を思わせる。イントロを聴かせて King Crimson の未発表曲だと言ったら、信じる者は多いだろう。



[One World One Voice/Various] (1990)  “One White Field” で Oryema の歌と Lukeme が聴ける


Lukeme 楽曲は、リズミックなバッキングに乗せた、快活でありながらもどこかしら陰鬱なメロディーと歌唱が特徴的だ。”Piri Wango Iya”, “Jok Omako Nyako”, ”Lubanga” 三曲を聴くと、Oryema が一番魅力的なのは、Lukeme 楽曲ではないかと思える。

ギターがメインの楽曲では、ロック/ポップ寄りのアプローチを見せる。父祖の地を歌った ”Land of Anaka” は、まるで Peter Gabriel “Don't Give Up” のようだ。Eno と Peter のコーラスが楽曲を彩る。母に捧げたバラード ”Solitude”で歌われているのは、悲しい過去か、楽しい頃の思い出か、あるいはそれら両方なのだろうか。フェイド・アウトが物悲しい響きを残す。



[Lukeme を弾く Geoffrey Oryema] (1993)


”Land of Anaka” は、’90年代以降のウガンダのトップ 50楽曲に選ばれている。国境を越えてチャートを突破した、ウガンダ最大のヒット曲の一つなのだそうだ。Oryema の父祖の地 Anaka には、音楽専門店 ”Land of Anaka” が存在する。Oryema がウガンダの人々に親しまれている証しなのだろう。



[Lukeme を弾く Geoffrey Oryema] (1993)


“Exile” は、長きに渡って聴き続けられる作品だ。リリースから三十余年が経た今でも、聴く度に新たな発見と理解がある稀有な作品である。


 [#1391]

 

RW-13, Gula Gula/Mari Boine


[Gula Gula/Mari Boine] (1989)

1. Gula Gula 2. Vilges Suola
3. Balu Badjel Go Vuoittán 4. Du Lahka
5. It Šat Duolmma Mu 6. Eadnán Bákti
7. Oppskrift for Herrefolk 8. Duinne


サーミのシンガー Mari Boine のセカンド・アルバム。この作品は、ノルウェーのグラミー賞と呼ばれるスペルマン賞を ‘89年に受賞しており、Mari Boine の代表作とされている。

『 なんというビッグ・ボイスの持ち主なんだろう 』

Real Worldのコンピレーション盤に収録されていた ”It Šat Duolmma Mu” のライブ・バージョンを聴いて、Mari Boine のビッグ・ボイスに驚いた。これまでに聴いたことが無い唱法で、ppp の囁きから fff での雄叫びまで歌い上げる Mari に、度肝を抜かれたのだ。ノン・ビブラートで数小節間を引っ張り続けるシャウトは衝撃的だった。



[RW-25, A Week in the Real World - Part 1/Various] (1992)  Mari Boine and Band ”It Šat Duolmma Mu” ライブを収録


直ぐに “Gula Gula” を探し回ったのだが、なかなか見つけることが出来ず、ようやく入手出来たのは ’95年のことだった。配信やネット通販前の時代だから仕方がない。ようやく出会えた喜びで、浴びるようにヘビー・ローテーションしたことをよく覚えている。

一曲目 “Gula Gula” で聴ける、歌詞が有るとも無いともつかない唱法は、サーミの伝統的な唱法 Joik (ヨイク) だと知った。何かで読んだことが有ったが、実際に聴いたのはこの時が初めてだった。Mari 自身の打楽器伴奏にのせて歌われるヨイクは、サーミ語の歌詞は分からなくとも聖なる歌だと理解出来た。圧倒的な表現力だ。



[Eallin/Mari Boine] (1996)  初のライブ・アルバム


“Gula Gula” は、ワールド・ミュージック作品として、実によくプロデュースされている。Mariの唱法とサーミ語の歌詞が民族の伝統に則っているのは勿論だが、その歌を支える演奏が実によくプロデュースされているのだ。通常のギター,ベース,ピアノに加えて、ブズーキやチャランゴ、ダルシマーにクラリネット、そしてジャンベやウドゥのようなアフリカのパーカッションまでが使われている。プロデューサーを務めたオスロ大学民族音楽学教授 Tellef Kvifte による成果なのだろう。

‘80~’90年代、Mari はアフリカ起源のジャンベや、変わった形状のフレームドラムをメインで使っていた。’96年のライブ盤 “Eallin” のジャケット写真のように、ジャンベを肩から掛けて歌うことが多かった。



[Visible World/Jan Garbarek] (1996)  “Evening Land" 収録作


Mari Boine は、北欧ジャズ サックス奏者 Jan Garbarek と何度も共演している。アルバム “Gula Gula” 発表前の ’87年に、共演したステージで “Gula Gula” を披露している。そして Jan は、‘90年に発表したアルバムの一曲目に、何と “Gula Gula” を配したのだった。二人の共演のハイライトは、’96年作品 “Visible World” 収録曲 “Evening Land"。12分を超える静かなる熱演は、北欧音楽の白眉と言える。



[See the Woman/Mari Boine] (2017)  初の全曲英語歌詞作品


現在 Mari は、ノルウェーで最も有名なサーミと呼ばれている。今も変わらず打楽器を演奏しながら歌い続けている。一方で、現在サーミの Joik (ヨイク) は、北欧ポピュラー音楽の一ジャンルを形成しており、若手からベテランまで多くの歌い手がチャートを賑わしている。是非、Mari Boine を始めとするサーミの音楽を聴いていただきたい。


 [#1390]

 

RW-12, Ya Habib/The Sabri Brothers


[Ya Habib/The Sabri Brothers] (1990)

1. Saqia Aur Pila
2. Ya Sahib-Ul-Jamal
3. Allah Hi Allah Tan Mein Tar
4. I Kali Kamaliya Wale


イスラム神秘主義スーフィズムの音楽 Qawwali (カッワーリー) の代表的な存在 The Sabri Brothers が、Real World レコードからリリースした作品。The Sabri Brothers は、’70年代から各地をツアーしていたので、欧米圏では既によく知られた存在だった。一方、我が国での ’90年当時の知名度は、ほぼゼロだったのではないだろうか。Nonesuch レコードからの LP の邦盤は、出ていなかったと思う。

同じパキスタン出身のカッワーリー歌手 Nusrat Fateh Ali Khan は、’87年に初来日を果たしており、作品も紹介されていた。カッワーリーと言えば Nusrat と言う図式が、半ば出来上がっていたと言える。そのような状況だったので、The Sabri Brothers の “Ya Habib” を初めて聴いたとき、Nusrat の ‘89年作品 “Shahen Shaht” と、言を俟たずに比較した。



[RW-3, Shahen Shaht/Nusrat Fateh Ali Khan] (1989)


『 The Sabri Brothers は、前奏が長いし楽器演奏がよく聴こえるな 』

“Ya Habib” と Nusrat “Shahen Shaht” を比較してそのように感じた。クレジットを見ると、リーダーにしてリード・シンガーの Haji Ghulam Farid Sabri がハーモニウムも担当している。よくよく見ると、Sabri 姓のメンバー中の三人はいずれもシンガーを務めているのだが、一人はもう一台のハーモニウム、二人はパーカッションを担当している。これらの点から見て、The Sabri Brothers は歌と同様に、歌い手が自ら行う楽器演奏を重要視しているのではないかと推定した。

 


[Qawwali - Sufi Music From Pakistan/The Sabri Brothers & Ensemble] (LP: 1978, CD: 1993)  Nonesuch 盤


三十余年振りに両者を聴き比べてみた。先ずは、歌が登場するまでの時間を計測して、前奏部の長さを比較した。

 Ya Habib/The Sabri Brothers:  Ave=66, σ=22 [秒]
 Shahen Shaht/Nusrat:            Ave=48, σ=19 [秒]

Sabri 作品の方が平均値で 18秒長い。最も長い曲で Sabri: 93秒,Nusrat: 84秒なので、これも Sabri 作品の方が長い。当時の印象通りであった。



[Jami/The Sabri Brothers (Ghulam Farid Sabri)] (1991収録/1996リリース)


一方で、両者ともに、欧米向けのリリースを意識して曲を短くしているのであろうから、前奏部の長さも影響を受けた可能性が有る。後年のリリースとなった両者の作品,Sabri “Jami (‘91収録/’96リリース作)”,Nusrat “Live at WOMAD 1985” で比較してみよう。

 Jami/The Sabri Brothers:        Ave=162, σ=56 [秒]
 Live at WOMAD 1985/Nusrat:  Ave= 72, σ=68 [秒]

両者ともに後年リリース作の方が長いが、比較すると、やはり Sabri 作品の方が長い。最も長い曲で、Sabri: 257秒,Nusrat: 181秒。後年のリリース作品でも、Sabri 作品の方が前奏部が長い。何か勝ち負けがある訳ではないが、そういうことのようだ。



[Jami/The Sabri Brothers (Ghulam Farid Sabri)] (2024 Reissue)


聴き比べて分かったことは、Sabri,Nusrat 作品ともにプロデュースの影響が大きいことだ。Nusrat ライブでは、二台のハーモニウムともう一人のシンガーの声が、スタジオ盤よりもよく聞こえる。Sabri “Jami” のリイシュー盤は、パーカッションの低音がより重く響く。プロデュースも作品にとって重要であることに異論は無い。一方で、’90年に聴き比べたときには、音楽家の音楽とは異なるところに、両者の違いを見い出していたのかも知れない。


その後、The Sabri Brothers は、Ghulam Farid Sabri から Maqbool Ahmed Sabri, Mehmood Ghaznavi Sabri へと、兄弟間でリーダーを引き継いで活動を続けた。そして、2021年の Mehmood Ghaznavi Sabri 逝去により長い歴史に幕を下ろした。The Sabri Brothers の半世紀以上の長きに渡る活動と素晴らしい作品群に、敬意を表します。


 [#1389]

 

RW-11, Yuan/The Guo Brothers


[Yuan/The Guo Brothers] (1990)

1. Dancing and Singing in the Village
2. Soldiers of the Long March 3. Step by Step
4. Fishing by Lamplight 5. Three Kingdoms 6. Evening Song
7. Training Horses on the Mongolian Grassland
8. Springtime on Parmir Mountains 9. My Second Life
10. One Flower 11. The Dream of the Red Mansion


北京出身 The Guo Brothers (郭兄弟) による、中国の伝統音楽に根差した作品。兄 Guo Yi は笙 (Sheng),弟 Guo Yue は横笛 (Bamboo Flute) 奏者。歌曲のリード・ヴォーカルは姉/妹 Guo Xiaun。三人以外には、中国伝統楽器の大阮 (Da-Ruan,4弦低音楽器),筝 (Zheng),嗩吶 (Chinese Oboe),揚琴 (Dulcimer) 奏者と、本作のプロデューサー Pól Brennan がパーカッションとキーボードで参加している。



[Fuaim/Clannad] (1982)  Enya 参加作品


Pól Brennan はアイルランド出身で Enya の実兄として知られている。一時期 Enya も参加していたファミリー・バンド Clannad で、長く活動していた。Pól は ’90年の Clannad 脱退を機に、本作 “Yuen” のプロデュースを始めとする Real World 作品の製作に携わった。Joji Hirota (廣田丈自),Guo Yue との共作 “Trisan” は、日本・中国・ケルト音楽のミクスチャーが聴ける唯一無二の作品である。



[RW-32, Trísan/Trísan] (1992)  Pól Brennan in collaboration with Guo Yue and Joji Hirota


The Guo Brothers “Yuan” の収録曲は、Guo Yue 作の一曲 (Track 9) 以外、全て既存楽曲である。1曲目と 11曲目は、本作以前に聴いたことがあった。

『 知っている曲があると一息つけるな、保守的かもしれないけど 』

母は、若い頃に、中国本土や香港・台湾といった中華文化圏を、何度も繰り返し旅した経験が有る。観光化前夜とも言える中国へ行くに当たり、ツアーに参加するでもなく、自ら大使館や現地の係官と北京語でやり取りして、滞在許可を得ていた。そうして訪ねた先では、路地裏を歩いたり、現地の知人を訪ねたりして、自然体での旅を楽しんでいたと言う。現地の露店で買ったカセットテープを、お土産に頂戴することが多かった。そのカセットテープで、“Yuan” の 1曲目と 11曲目の曲を聴いたことがあったのだ。勿論、別の人が演奏/歌唱する全く別の作品で。


*
[中国土産のカセットテープ] (‘80年代半ば~’90年代前半)


1曲目 “瑶族舞曲” は、雲南省等の山岳地帯に住むヤオ族の伝統楽曲 『瑶族長鼓舞歌』 を基にして、1952年に管弦楽曲として作曲された。管弦楽だけではなく、中国伝統楽器を使った合奏や、民族舞踊を伴う歌曲として、広く親しまれている。途中でテンポ・アップするところが、いかにも舞曲 (ダンス楽曲) らしい。“瑶族舞曲” が何とも気に入って、土産のカセットテープを繰り返し聴いていた。その “瑶族舞曲” が 1曲目に収録されていたので、The Guo Brothers “Yuan” は一発で気に入った。



[侗郷之夜/譚炎健 (葫蘆絲演奏)] (2004)


あれから 30余年、随分色々な “瑶族舞曲” を聴く機会が有った。一番のお気に入りは、ひょうたん笛 “葫蘆絲” (フルス, Hulusi) による New Age 版とも言うべきバージョン。ひょうたん笛で吹く "瑶族舞曲" は、曲が本来持っていた魅力を、オーケストラ・アレンジ以上に引き出していると思う。保守的かも知れないが、知っている曲を基に内的聴感に諮ることは、よろしくない行いではないと思う。


 [#1388]

 

RW-10, Mama Mosambiki/Eyuphuro


[Mama Mosambiki/Eyuphuro] (1990)

1. Samukhela (The Nostalgic Man)
2. Mwanuni (The Bird)
3. Akatswela (Love Is So Bewildering)
4. We Awaka (You Are Mine)
5. Kihiyeny (Leave Me Alone)
6. Nifungo (The Key of the House)
7. Oh Mama (Oh Mother!)
8. Nuno Maalani (A Single Mother of a Single Mother)


『 一番行きたいのはモザンビーク。いい音楽がたくさんあるんだよ 』

‘90年代前半、一番行きたいところについて聞かれると、そのように答えていた。どんな音楽なのかと聞かれると少し迷ったが、出来るだけ専門用語は使わないようにして説明したものだった。



[Forgotten Guitars from Mozambique 1955 '56 '57/Various Artists] (2003)  ”Marrabenta (マラベンタ)” のルーツ


「モザンビークには、アフリカ音楽とポルトガルの音楽とが融合した、いい音楽が沢山あるんだよ。周りの国とは違う音楽が。アンゴラとは少し近いかもしれないけど。ポルトガルつながりでね。”Marrabenta (マラベンタ)” と言うポップ・ミュージックが凄くいいよ。モザンビークには昔からいいギター伴奏の音楽があって、それは今時のダンス・ミュージックにも引き継がれているよ。」

聞き手が知らない言葉は "マラベンタ" だけだったとしても、この 20秒あまりの発言で、周囲の全員から変わった人だと思われたことは間違いない。何か聞かれたら答えようと思っていても、聞き手の 「へー」 という相槌以外には、誰もその話題についてそれ以上は話さない。私と音楽との関わりを少々知っていた人以外は、呆気にとられていたようだ。もしも相手が音楽仲間だったなら、モザンビーク音楽の幾つかを紹介するところだが、仕方がない。



[Colonial Dance Bands 1950 & 1952/Various Artists] (2006)  Grupo Manjacaziana が旧ポルトガル植民地のバンドだと思われる


Eyuphuro の “Mama Mosambiki” は傑作だ。歌伴奏はアコースティック・ギター 2本にベースも交えたアンサンブル,語りかけるように微妙なアクセントを活かしたパーカッション群,リード・シンガー Zena Bacar の伸びやかなる歌唱 …  名盤揃いの初期 Real World 作品の中でも、傑出した魅力を放っている。

Eyuphuroを聴くほどに、モザンビークの音楽をもっと知りたいと思うようになった。’90年当時、モザンビークは独立後に始まった内戦がまだ終わっておらず、国外に伝えられる音楽情報は皆無に近かった。そんな時代に Eyuphuro と Ghorwane の作品をリリースした Real World レコードには拍手と感謝を送りたい。



[RW-29, Majurugenta/Ghorwane] (1993)  Real World レコード作品


後年リリースされた ‘50年代のモザンビーク音楽を聴いて、ポルトガルの植民地だった頃に、ギター伴奏による音楽やギター/バンジョーがメインのバンド演奏が行われていたことを知った。それらの ‘50年代作品と ‘90年代の Eyuphuro との間には 40年のギャップがあったが、’90年に生じたモザンビーク音楽への渇望を、幾らかは満たすことが出来た。



[Tchova Nyolo (Never Give Up)/Kina Zoré] (2015)  現在の活動拠点はアメリカのボストン


現在 “マラベンタ” の魅力は、バンド Kina Zoré の楽曲や、ポップ・シンガー Neyma のダンス楽曲に見出すことが出来る。一番行きたいのはモザンビーク。いい音楽が沢山あるのだから。


 [#1387]