地上から消えた街 | 錦鯉春助の冒険

錦鯉春助の冒険

日常の恐ろしき風景

 猫と住んでた頃のアパートは大阪人も怖がり寄り付かない地域だった


 アパートは阿倍野のアーケード商店街の中にあった。【アベノ銀座】が商店街の名前だからふざけてる。大阪で平気に銀座をつけるのはギャグとしか思えない


 商店街を抜けた所に飛田遊廓があり通天閣があった。つまりもっともディープな大阪だ


 アベノ銀座も商店街と呼ぶより飲み屋街だった。小さなスタンドバーが軒を寄り添うようにびっしり並ぶ


 嫁をキャッチガールに使うスナックやホルモン焼屋、寿司屋、居酒屋

 通りにはぽん引きが立ち、間違ってもネクタイにスーツ姿は歩いていない


 当時、付き合っていた女子大学生兼モデルの恋人がプリプリ怒りながらアパートにやってきた


「アパートの前でなんぼやと聞くのよ。失礼やわ!」


 僕は笑った。娼婦に間違われたらしい。阿倍野や天王寺は文京地区でもあり、大阪市太の看護学生や大阪芸大や帝塚山の女子大生が怖さ知らずにアベノ銀座へ遊びにくるのだ


 小さな商店街の中にジャズ喫茶とライブハウスがあり古着屋が2軒ある。漫画に使われた喫茶店がある。時代劇の道具を売る店。古本屋。ガラクタを売る雑貨屋。昔のお菓子を売る駄菓子屋。商店街の逆の出入り口はJR天王寺駅で女子が喜ぶファションビルが林立している


「君は若く美人でスタイルも抜群だから一晩一億円と云っておけや」


「あら、一億円なら他の男と寝てもええの?」


「いや、そ、それは困る!」


 そこで彼女を押し倒すと何時ものようにアヘアヘアヘアヘアヘアヘとなる


 始まると必ず助平猫が戻って来て僕の背中に飛び乗りアクビしながらユラユラ揺れる


 先輩に連れられアベノ銀座のおかまバーで何度か蝋燭ショーを観た。僕は女にしか興味がないのでショーの評価は分からない


「錦鯉くん!」

商店街を歩いていると声を掛けられた。五分刈りにタンクトップを着た体操選手のようなマッチョマンだ。だがそれは紛れもなく蝋燭ショーのレモンちゃんだった


 レモンが本物のゲイか営業用のゲイか僕には分からないし、どちらでも構わない


 しかし、アベノ銀座の真ん中辺りに建つ交番の机で深夜にレモンがシクシク泣いていた。警官はいなかった。世界の労苦を一身に背負ったような泣き方だった


 次にレモンに会う前に猫が失踪し彼女と別れ、僕はこの町を出た


🔴大阪の区画整理でアベノ銀座は地上から消えた。跡地の一角に現在はあべのハルカスが建つ。僕は高層ビルには何の興味もないから一度も訪れた事がない