障害が問題ではなく、解釈が問題だった

失ったことではなく、「残った可能性」に目を向けた時

鍼灸師・施術者の挑戦を支える活動と情報発信を行っている

QVファクトリー代表/ツボ×ラボ運営者 是永裕次郎です

以前の記事

 

 

では、

人生の中で起こる障害や困難を、

「終わり」ではなく
「新しい始まり」として捉えられるかもしれない、

という話を書いた。

今回はもう少しリアルに、

実際に自分が視覚障害を告知された時、
何を感じ、どう考えるようになったのかについて書いてみたい。


最初は、できなくなったことばかり見ていた

視野を97%失っている。

そう告知された時、

最初に頭に浮かんだのは、

「できなくなること」

だった。


真っ先に浮かんだもの

  • 車の運転

  • バイク

  • スポーツ

  • 今までの仕事

  • 普通の生活

それまで当たり前だったものが、

突然「失う側」に変わる感覚。

これは正直かなりきつかった。


人は「失うこと」に意識が向きやすい

たぶん人間は本能的に、

「失ったもの」

に強く反応する。

だから最初は、

「これも無理」
「あれもできない」

そんな思考ばかりになる。


でも、ある時から視点が変わった

そんな中で、

少しずつ考え方が変わっていった。

それは、

「できないこと」ではなく、

「じゃあ、何ができるのか?」

に意識が向き始めたこと。


まだ見えているものがあった

確かに失ったものは大きかった。

でも、

全部失ったわけではなかった。

まだ見えている。
まだ動ける。
まだ挑戦できる。

そう考え始めた時、

人生が少しずつ前に進き始めた。


障害によって「できたこと」もある

そして今振り返ると、

障害があったからこそ得られたものも多かった。

  • 新しい学び

  • 新しい仕事

  • 新しい人間関係

  • 鍼灸との出会い

  • ツボ×ラボという活動

  • 人への感謝

  • 社会への見方

もし視覚障害がなければ、

今の人生にはなっていなかったと思う。


選択肢が多いことは、本当に幸せなのか?

ここで一つ思ったことがある。

一般的には、

「選択肢が多い方が幸せ」

と言われることが多い。

もちろんそれも分かる。

でも実際には、

選択肢が多すぎると、

人は迷う。


人生が絞られたことで、逆に迷いが減った

自分の場合、

視覚障害によって、

ある意味「選択肢」が絞られた。

できないことが増えた分、

逆に、

「じゃあ何をやるのか」

が明確になった。


人生の目的が見えやすくなった

遠回りしながらも、

  • 誰の役に立ちたいのか

  • 何を残したいのか

  • どんな生き方をしたいのか

そういうものが、

以前よりはっきり見えるようになった。


迷いが減ると、集中できる

選択肢が絞られるというのは、

悪いことばかりではない。

時には、

  • 迷わなくていい

  • 集中できる

  • 覚悟が決まりやすい

  • 行動しやすい

というメリットもある。


解釈で、人生の意味は変わる

同じ出来事でも、

  • 「不幸だった」
    で終わる人もいれば、

  • 「あれが転機だった」

と言う人もいる。

出来事そのものではなく、

その意味をどう解釈するか。

そこが人生を大きく変えるのだと思う。


最後に

もちろん、

障害が楽だったとは言わない。

苦しかったし、悔しかった。

失ったものも本当に大きかった。

でも今は、

障害があったからこそ出会えたもの、
手に入れられたものも沢山あったと思っている。

だから自分は、

障害そのものよりも、

その出来事をどう解釈するかの方が大きい

と思っている。

失ったことに人生を止められるのか。

それとも、

残った可能性から新しい人生を作るのか。

その選択は、

自分自身にあるのかもしれない。

 

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投稿者プロフィール

QVファクトリー代表/ツボ×ラボ運営者
是永裕次郎

「挑戦したいのに踏み出せない人をなくしたい」という想いから、ツボ×ラボを運営。
鍼灸師・施術者の独立や成長を支えるため、業界の課題やリアルな現場の情報、実践的な考え方を発信している。