視野狭窄の先に見えたもの

― ツボ×ラボを運営する是永裕次郎のこれまで ―

以前、視野を97%失ったという現実について書いた。

 

 

人生が終わったと思ったあの日が、実は始まりだったという話。

今回はその続きとして、
そこに至るまでの自分の歩みを振り返る。

 

将来に期待が持てなかった10代

10代の頃、将来に対して前向きなイメージは持てなかった。

「いつ人生が終わるかも分からないのに、
なんで将来のために勉強や進学をしないといけないのか」

そんなことばかり考えていた。

周りと同じように進むことに違和感があり、
自分の存在も分からない。
将来の夢も見つからない。

どこか冷めていて、でも満たされない日々だった。

 

飛び込んだバイクレースの世界

そんな中で出会ったのが、バイクレース。

理由はシンプル。

「認められたかった」

それだけ。

でも現実は甘くなかった。

・家族の反対
・大人からは相手にされない
・資金がない
・人脈もない

何もない状態からのスタート。

それでも、

「認められたい」
「死んでもいいから速くなりたい」
「見返してやりたい」

その一心で、できることは何でもやった。

バイクレースはとにかく金がかかる。
アルバイト、肉体労働、雑用でも何でもやった。

とにかく資金を作って、走る環境を作る。
効率なんて考えてなかった。

ただ必死だった。

 

少しずつ見えてきた手応えと仲間

20代に入り、少しずつ変化が出てきた。

積み上げた経験が形になり始めて、
ほんの少しだけ結果も出るようになった。

そして一番大きかったのは、仲間の存在。

ライバルでもあり、仲間でもある存在。

競い合い、刺激し合い、支え合う。
その環境があったから続けられた。

モトクロスの九州選手権にも出場し、
初年度で国内B級からA級に昇格。

あの時期は、間違いなく濃かった。

 

20代後半、崩れ始めた感覚

順調なままでは終わらなかった。

練習中の転倒、肋骨骨折。
そこから少しずつ歯車がズレ始めた。

・思うように上達しない焦り
・スランプのような感覚
・守りに入っている自分
・「このままでいいのか」という違和感

さらに現実として、

仕事してるのに金がない。

情熱だけでは乗り越えられない壁があった。

 

30代、仕事に振り切った時期

そこから方向を変えた。

「仕事のスキルを身につける」

そう決めて、転職を繰り返した。

長時間労働、長期出張。
気づけば営業職で全国を回る生活。

収入は増えた。

でも、

・ストレス
・出張先での浪費
・生活の乱れ
・貯金ゼロ
・支払いも厳しい

数字だけ見れば前に進んでいるようで、
中身は崩れていっていた。

 

視覚障害の判明と、強制的な転換点

そんな時に分かったのが視覚障害。

「このままの生活は続けられない」

そう思った瞬間、
これまで積み上げてきたものを手放す現実が来た。

バイク。
車。
これまでの経験。

正直、喪失感は大きかった。

でも同時にこう思った。

「今よりマシな人生を始められるかもしれない」

そして、

「まだ2%見えている」

この事実が、すべてを変えた。

 

見えているうちに動くと決めた

全部失ったわけじゃない。
まだできることがある。

だから決めた。

見えているうちに、できるだけ経験する。

行ける場所に行く。
会える人に会う。
できることは全部やる。

完璧じゃなくていい。
不完全でも動く。

 

盲学校で気づいたこと

盲学校に入って、正直驚いた。

・障害福祉の手厚さ
・寄宿舎がある
・学費も生活費もほぼかからない

そしてもう一つ。

「見えなくても、だいたいのことはできる」

サポートがあれば、大抵はなんとかなる。

ただ、苦手もある。
掃除や清掃はどうしても不利がある。

その中で見つけたのが、

鍼灸マッサージという国家資格

開業もできる。

3年間、必死で学んだ。

 

もう一つの気づき、家族のこと

盲学校で思い出したことがある。

兄の存在。

兄も同じ病気で、大学を中退して盲学校へ進んでいた。
そして親に対して「障害は親のせいだ」と言っていた。

その姿を見て、
自分は将来に期待を持てなくなっていたんだと思う。

その後、兄は資格を取ったが、
人間関係で仕事が続かず、転々としていた。

開業する術もなく、踏み出せない。

10年以上、連絡も取っていなかった。

その記憶に、自分はフタをしていた。

でも盲学校で、それが全部つながった。

そして思った。

同じように悩んでいる人の力になりたい

 

ツボ×ラボの原点

障害者を「守る」だけじゃなく、
自立できる環境を作るべきだと思った。

視覚障害があっても、

・清掃
・洗濯
・設備管理

これらの負担が少なければ、
もっと挑戦しやすくなる。

そこで考えたのが、

シェア型の施術所

それがツボ×ラボ。

 

そして今

今、自分はツボ×ラボを運営している。

ここまでの道は、一直線じゃない。
むしろ遠回りだらけ。

でも全部つながってる。

・認められたかった10代
・必死に走った20代
・迷いながら働いた30代
・視覚障害という現実

全部が今を作っている。

 

最後に

人生は思い通りにいかない。

でも、思い通りにいかなかったからこそ、
見える景色もある。

もし今、何かを失ったと思っているなら。

それは終わりじゃない。
始まりの入口かもしれない。

自分もまだ途中。

だからこれからも、

見えるものを大切にしながら、
見えない可能性を信じて進んでいく。

 

ツボ×ラボは頑張る鍼灸師を応援します