人生が終わったと思った日が、本当の始まりだった

 

今日は自分の話をします。

いわゆる「健常者」から「障害者」に変わった瞬間

ホントは何も変わっちゃいないけど、そう宣告されたとき、かな?

大げさに言えば人生のなかで、突然これまでの当たり前が崩れる瞬間といったかんじ

自分にとって、その一つが「視野を97%失っています」と告知された日だった。

 

その言葉を聞いた瞬間、正直に言えば頭が真っ白になった
これからどうなるのか。
仕事は続けられるのか。
普通の生活はできるのか。
周りに迷惑をかけるのではないか。

今まで大切にしてきたと言うか、人生をかけてきたバイク人生とおさらばなのか?

次々に不安が押し寄せてきて、心の中では

「人生、終わったかもしれない」

けれど、今振り返るとあの日は終わりではなく、
むしろ本当の意味で人生が始まった日だったのかもしれない

 

それまでの自分は、見えている世界だけを信じ、
できること、持っているもの、失っていないものに価値を置いていた。

でも、失ったことで初めて気付けたことがある。

見えなくなったものがある一方で、
見えるようになったものも確かにあった。

人の優しさ。
支えてくれる存在のありがたさ。
健康の尊さ。
当たり前に思っていた日常の価値。
社会の有難さ。

視覚支援学校であはきの国家資格を取得できること。

人の対する感謝、社会に対する感謝の気持ち

そして、自分自身の本当の強さ。

もしあの日の出来事を「不幸」とだけ捉えていたら、
今の自分はいなかったと思う。

 

出来事そのものは変えられなくても、
その出来事をどう受け止めるかは、自分で選べる。

捉え方が変われば、見える景色が変わる。
見える景色が変われば、人生の進み方も変わっていく。

あの告知の日、確かにショックだった。
苦しかったし、悔しかったし、怖かった。

でも、そこで終わらない。
終わりだと思った場所から、一歩ずつ歩き始めた。

人生は、何かを失った時に終わるのではなく、
そこで考えることをやめた時に止まるのかもしれない。

視野97%を失ったあの日。
失ったものは大きかった。

でも、それ以上に得たものも大きかった。

だから今は胸を張って言える。

人生終わったと思った?
いや、そこが始まりやった。

今日はここまで