母親とはどういうものか3 | 不幸を書こうか幸福を書こうか、それが問題だ



胃がん切除後、二日目に面会に行った。 


 その時に、手術の次の日には理学療法士さんたかリハビリテーションの専門の人だか歩くリハビリをするために、来たと母は私に言った。



 さすがに、それはできない、と断ったらしいが最近は、寝かせないだな、とびっくりした。 



 昼間も肺が開くように、ベットで身体を起こしておいてください、と言われた。



 寝たきり防止なのだろうか。  



 テレビもつけない、ラジオも聞かない。 



 ただひたすら、座っている。



 それこそ、暇なんじゃないか、と思うがテレビもラジオもつけなくていい、と母が言う。



 私なら、暇で嫌だと思うのだがいまいち、母の考えていることはわからない。



 「昔、よく聴いていた演歌が頭の中でリピートして、うるさい」   と呟いた後 


「 頭がおかしくなるんじだろうか? 」と続けた。



 頭がおかしくなっていたことを本人は知らないのか 


 自らの子供のことを忘れていた事態を本人は自覚していない。 



それを、 わざわざ知らせる気はない。


 




 毎日来ていた弟がコロナにかかって、来れないことも、 家族は告げていない。


 でも、母が私に聞く。 


「 〇〇←弟の名前は、コロナにかかったん? 」



なぜ、わかるんだろう?



 父に、伝えるな、と言われているので 


「 会社の人がコロナみたいよ」と曖昧な返事をした。





 母親らしいか、と言われればそうではない。


 子供の頭を撫でたり、  あやしたり、絵本を読んだり抱っこしたりそんなことは、したことがない。


 それでも、料理を作ること 、温かいものを温かく食べさせようとか掃除を完璧にするとかそういう人だ。 



 それは、私たちのことを思ってと言うよりあくまでも、自分がそうしたいからする、というようなこだわり。 



 それでも、家族のことは、わかってしまう。



 母親なんだな。


 こういう母なんだ。



 上手く伝わらない愛情をなんとなく感じていた。



なので、私たち、 家族は母の病で、大いに泣いたのだろう。