赤岩隧道再訪記【番外篇】~四方﨑石燈籠/呼崎の愛宕社 (三重県北牟婁郡紀北町東長島) | 穴と橋とあれやらこれやら

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初めまして。ヤフーブログ出身、隧道や橋といった土木構造物などを訪ねた記録を、時系列無視で記事にしています。古い情報にご注意を。その他、雑多なネタを展開中。

【6】より続く。

 

 

 

さて、前回で完結じゃないの?これ以上何が残ってんのよ?って思いますよね~。

 

そう、直接は関係ないんだけども、当日の行動どおりにこの流れでご紹介しておきたいものが。

ここまで戻ってきまして…。渡った先に小さく見えてるもの、わかります?

 

 

 

 

以前から気になってはいたのよね、この鳥居。

念のため、場所はこちら

 

先ほど出会った男性に、この上に二つほどお宮さんがあると聞いた。まだ昼過ぎだがあとはご飯食べて帰るだけだし、この機会に立ち寄ってみようと思ったのだった。

 

 

 

 

急な階段を登っていく。

先ほど男性がきれいに掃除されたばかりなので、とっても歩きやすい。そういえば仕事を終えて帰られたようだ(さっきは鳥居のとこにあった軽トラがなくなっていた)。

 

 

 

 

九十九折りでぐんぐん登る。

左端に見えている看板には「海抜15m」と。男性が「ここが津波の際の避難場所になっている」とおっしゃってたな。

 

 

 

 

3つ目の九十九折りにある、小さな祠。

由来などはサッパリ不明。

 

 

 

 

そしてさらにもう一度折り返した先が、

どうやらテッペンのようだ。手前は物置。

 

 

 

 

物置以外では、

これがテッペンにあるもののほぼ全景。看板では海抜25mとなっている。まさに急登。

 

 

 

 

では、順に見ていこう。まずはこれ。

「四方﨑灯籠」と刻まれた石柱と、その後ろには解説看板。需要はたぶんないと思うが、解説文を書き出してみたので興味ある方はどうぞ。

 

四方﨑石灯籠

町指定文化財 建造物

指定日 平成元年一月二十三日

 

東長島呼崎海岸に、岩本と呼ばれる大岩がある。県道を挟んでその大岩と対峙するように小山があり、その山頂に愛宕社がまつられている。

愛宕信仰は江戸時代の民間信仰として、盛んであったものであり、秋葉明神とともに全国津々浦々の集落にまつられたものである。

県道脇の小鳥居をくぐり小径を登ると、途中に大山祇命をまつった小祠があり、さらに三十メートルほど登りつめた山頂の方五間ばかりの平地に、石仏の愛宕地蔵尊をまつった社が鎮座している。

その社前には、一七五六(宝暦六)年子十二月の文字が刻まれている高さ一・二メートルの石燈籠がある。

享保から宝暦にかけての約四十年間は徳川吉宗の享保の治に代表されるように、江戸時代二百七十年を通してもっとも治世の実をあげた時代である。紀北地方でも現世に残る石像物は、この時期に建立されたものが多い。この愛宕社も、その時代の造営になったものであることをこの石燈籠が物語っている。

おもしろいのは、この石燈籠の右側面にきざまれている「四方﨑講中」という文字である。

呼崎を以前四方﨑(よもうさき)と読んでいたということを古老たちから聞いたことがあったが、その事実をこの碑文字が裏付けしている。

天保年間の「紀伊続風土記」では(南に在るを向二郷といい、また呼崎といふ)とあり、百八十年前はすでに現在同様呼崎と呼んでいたようである。

ともあれ宝暦の昔より二百六十余年、今なお地区の人々が献花を絶やすことのない庶民の社である。

 

平成二十五年十二月

紀北町教育委員会

 

 

で、これがその石燈籠だ。

石モノはしっかり残りますな~。石最強。

 

四方﨑(よもうさき)から呼崎(よばさき)に変わるって、わかるようなわからないような。「よもうさき」→「よぼうさき(呼ぼう崎)」ってことならわからんでもないかな。いや、わからんか。

 

 

 


冒頭の「岩本と呼ばれる大岩」って、それ赤岩とまた違うのかな。

全然眺望はないんだが、右手にかろうじてこの程度見えてるのが、隧道名にもなった赤岩(≒岩本)だ。

 

 

 

 

そして、祠だ。

鳥居に扁額もなく、この解説がなかったら、愛宕社だとはわからなかった(知識ある人にはわかるのだろうが)

 

登ってくる途中にあったのは、「大山祇命をまつった小祠」だったようだが、浅学なわたくし、大山祇命って初めて聞いたのでついでに調べてみた。「オオヤマツミノミコト」って読むのか。イザナギノミコトとイザナミノミコトの子であり、サクヤコノハナヒメとイワナガヒメの父…このあたりは名前を知ってるのに、オオヤマさんだけ知らなかったぞ。興味ある方は各自どうぞ~。

 

ひとつ面白いと感じたのは、サイト「日本の神さまと神社」様によれば、オオヤマさんは「日本の山の神の総元締としてしられる神」なのだそうで、海に面した小山にありながら「山の神」なのか、っていう。このあたりまで山から伐り出した木材を下ろしてたようだから、その関連もあったのかな?

 

では、帰りは別ルートで降りるとする。

 

 

 

こちらも転げるように階段を…

これ、とてもきれいに掃き清められてるけど、先ほど男性が掃除してくださっていたからだ。普段はもうちょい荒れてるものと思われるので、もし行ってみようという奇特な方はご注意を。

 

 

 

 

途中、オオヤマさんの裏手がチラ見え。

 

 

 

ちょっと眺望が開けて、

あれは隧道前のお宅だ。以前も書いたように現住されているっぽいので、訪問は節度を持ってお願いしたい。

 

 

 

降りてきて県道へ。

登山開始からここまで10分。お疲れ様でした~。楽しかった。

 

 

 

 

最後に、県道から隧道方向を。

左奥の暗くなっているあたりだが、いや12月でこれじゃあ、やっぱ知ってなきゃあわからんね。

 

 

 

 

探索時間1時間27分。

このくらいが、いちばん手ごろに楽しめるよな~(個人の感想です)

 

 

記憶を失って(笑)、長年気になっていた赤岩隧道とその周辺再訪を果たし、心晴れ晴れと立ち去りました~。

 

 

 

中断しまくりでグダグダだったけど、なんとか完結。