白川付知林道 シデノキ旧廃道とその周辺【7】 (岐阜県中津川市加子母) | 穴と橋とあれやらこれやら

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初めまして。ヤフーブログ出身、隧道や橋といった土木構造物などを訪ねた記録を、時系列無視で記事にしています。古い情報にご注意を。その他、雑多なネタを展開中。

【6】より続く。

 

 

 

ついに来た、核心部分。

肉眼では、既にこの前からその断片を捉えていた。コンクリ構造物の断片を。

 

 

 

 

 

…が、見えてきたものをきちんと認識するのに、数秒を要した。

 

正対して、しばし凝視。

コンクリート製ロックシェッド…の、なれの果ての姿。

 

これは凄まじい…。ロックシェッドの坑口から5mほどが、木っ端微塵に破壊されており、天井部が完全に叩き潰されて無くなっている。

これが、地理院地図に残された穴表記の正体なんだろうか。あるいはこのシェッドの奥に、隧道が!?まあ望み薄ではあるけどな。

 

気ははやるが、まずは観察だ。

 

 

 

 

 

 

山側に、

辛うじて残った坑口のスパンドレル部。これもバッキバキにぶちのめされて、なんとか自立してるに過ぎない。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして谷側には、

一段と凄まじい、シェッドの側壁部の残骸。

 

まるで針金のようにぐにゃぐにゃになった鉄筋が、皮膚を突き破った骨のように露出。一体、どんだけの力が加わったのか…。ちなみに写真右下は、絶壁だ。

 

 

 

 

 

 

 

スカーンと見晴らしのいい(その意味を考えると怖い)この場所からは、

西股大橋がよく見える。

先ほどあそこからこの惨状を遠目に観察していたわけで、改めて「あの場所」に立っているという実感がこみ上げてくる。

 

 

 

 

 

 

 

ここで、実験的パノラマ写真を。

横長パノラマを縦に貼っているので、スクロールしてお楽しみください(笑)。

なんとなく、臨場感がアップする(ような気がする)ので、お試しあれ。

 

 

 

 

 

 

 

 

で、ここにはあとひとつ、目を引くものが。

 

二枚目の写真でも中央やや左下に写ってるのだが、

コンクリートにはめ込まれた?あるいはくっつけられた?長方形のパネル?みたいなものが転がっていたのだが…これなに?

 

 

 

 

 

 

最初は、すわ、扁額か!?といきり立ったのだが、

文字が書かれているように思えない。

 

よく見ると、パネル?部の周囲は銀色の金属帯で巻かれている。何だろうこれ…。けっこう観察したが、わからなかった。

 

 

 

 

 

 

 

さて、ではいよいよ、

シェッド内部へ進んでみる。ねじくれた鉄筋が禍々しい…。

 

それにしても、この天井って一撃でぶち抜かれたんだろうか。相当な巨岩が直撃したってことか…。

 

 

 

 

 

 

 

そうだとするなら、

よく残ったなあ、この側壁部。板チョコみたいにバキーンと割れちゃっているが…。

 

 

 

 

 

 

探索時で、放棄されてから16年。

暴虐の限りを尽くされたその痕跡も、徐々に遺跡めいた風合いを纏い始めている。

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、

洞内の様子は…と。

 

 

 

 

 

 

 

 

しでのき大橋と西股大橋、二つの橋からの遠望でわかっていたことだが、

洞内にはおびただしい土砂…(土石流だなこれ)が流れ込んでいて、中と外の境目が無くなりそうな状態。

 

ここで確信した。やはり地理院地図の穴表記は、このロックシェッドそのものだったと。シェッドに続いて隧道があるかも、という希望的観測は外れた。

 

 

 

 

 

 

振り返りで改めて伝わるだろうか、

おっそろしいほどの落石の惨状が。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、

土石流の流入っぷりが。

 

 

 

 

 

 

 

 

この見え方…。今いるのは、まさに

左から二番目の「窓」のところ…ですな。

 

 

 

 

 

 

流入した土石流は、しかし洞内を埋め尽くすことはなく、

無事(とは言わんか)貫通している…。明るすぎる外界に向かって。

 

 

果たして、どんな光景が待ってるだろうか。

 

 

 

 

【8】に続く。