【3】より続く。
三子生隧道(仮)、南側からの探索を終了した。残るは…北側坑口。
つうわけで、
回り込んできた。現在地はおおむねこのあたり。
でも実は、当日の実際の探索順としてはこちらが先、つまり、先にこの北側坑口探索をおこなったのだった。これはひとえに、ヤマダ先生の探索成果で予習済だったから。
従って、山側フェンスの裏側に
旧道の痕跡があるってことも予習済み。サクサク進む。
倒木なんかもありつつ、
まあ大した困難もなく、距離にすれば100mも歩いてない。
上の写真で先に見える電柱のあたり。
そこで左側を見ると…あー。
あった。見覚えのある、無残なお姿。
三子生隧道(仮)、北側坑口…の最上部だけが顔を出している、の図。辛うじてアーチが確認できるのだが、わかるだろうか?
そう、前々回に洞内からレポートしたように北側坑口は閉塞している。ヤマダ先生の探索された2004年11月時点ではわずかに光が見えていたが、今では完膚なきまでに完全閉塞状態なのだった。
ちなみにこちらがその2004年11月時の写真。
【撮影:学生服のヤマダ氏】
見た目の埋まり具合はほんのわずかな違いでしかないのだが、これだけで完全に光が失われてしまうのね…。
逆に言えば、ちょいと掘り返せば再貫通可能ということでもあるが、お伝えした通り、完全に役目を終えて最期の時を過ごしている隧道に、そんな無体な真似はしてはいけない。
で、こちらもやはり坑口前には
古レールがぶっ刺さってるという共通点。なんなんだこれは?
坑口上からの見下ろしアングル。
わかりにくいかもだが、写真下部真ん中よりちょい左に見えるのが、坑口前の古レール。それを基準にして見ていただくと、隧道を抜けて右へ直角カーブという線形が浮かび上がるはず。
よととさん、宮川さんの背後、白飛びしているところは車道であり、旧道との比高は4m程度しかない。南側坑口はあんなにも高いところにあったのに。わずか30m程度に見えた隧道によるショートカットだけであれだけの高低差を殺せるということは、川の流れが作り出した谷が急峻だということになるのか。
実は、隧道を掘らなくとも、この嶺を迂回することは地形的に可能なのだった。
実際、【1】で少し登場した林鉄軌道跡は、
【撮影:学生服のヤマダ氏】
このように、川沿いを忠実にトレースしてクリアしている。(ちなみに当日の我々、この軌道跡は探索していない)
対して、古道が高い位置からわざわざ隧道を掘ってまで嶺越えした理由を、ヤマダ先生は「川」に求められている。
ここは西谷川と宗ノ上川の出合にあたり、治水や護岸整備が未整備だった古の頃の川の暴れっぷりを考えれば、生活の根本である大切な「道」は水害に対して万全な場所に通したのではないか…と、要約すればそのような考察(雑すぎか?ヤマダ先生ごめんなさい・笑)。
さすがの深い考察、わたくしに正解がわかる由もないので求めないで(爆)。
これで一応、当日の探索結果は遺漏なくお伝えできたかと思う。この隧道を教えてくださった学生服のヤマダ先生に、「2019年夏時点の三子生隧道(仮)の姿」をご報告できてよかった。先生に改めて御礼申し上げます。
以上、完結。








