琵琶湖第一疏水 第一竪坑(滋賀県大津市藤尾奥町) | 穴と橋とあれやらこれやら

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初めまして。ヤフーブログ出身、隧道や橋といった土木構造物などを訪ねた記録を、時系列無視で記事にしています。古い情報にご注意を。その他、雑多なネタを展開中。

 
大津市と京都市山科区を結ぶ、小関越えという古道がある。ここはその途中。
 
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蒼い弾丸号の奥側が山科方面、手前が大津方面。場所はコチラ。
 
 
 
画像左側は斜面になっており、その下を見ると…
 
 
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アッターー!!
 
まさにコレに逢うためにココまでやってきたのであります。画像ではおぞましいグリーンヘルだけど、幸いちゃんと降りる道は存在する。
 
 
 
 
改めて。
 
 
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煉瓦製の円筒型建造物。これこそは
 
琵琶湖第一疏水第一竪坑。
土木学会選近代土木遺産Cランク。
 
 
明治18(1885)年に着工した琵琶湖疏水の開鑿は、京都の近代化に多大な貢献を果たした。国家事業レベルの一大土木事業だったが、中でも第一隧道は、その延長実に2,436m。その掘削においては、我が国で初めて竪坑利用による工法が採用された。文字通りタテ穴を掘り、その底から左右に掘り進める工法だが、そのタテ穴こそがこの第一竪坑なんである!
 
 
 
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あっとーてき存在感。基部に石、そして笠石も。
 
 
 
 
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その下には蛇腹に積まれた煉瓦装飾。実にイイ。
 
上部には草が生えているのが御愛嬌。竪坑なので当然今もズドーンとはるか下の第一隧道まで落ちているのだが、穴には…なんていうのか…カバーが(笑)。アレ何で出来てるんかな?なんか植物を編んだような風合いが。
 
 
 
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一部こんな箇所もあるけど、仕方ない。なんせ出来て130年近く経ってるんだし。ちなみにこの部分の笠石は、地面に落ちていた。
 
 
 
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周辺には、同時期のものとおぼしき煉瓦擁壁?の痕跡も散見される。
 
 
 
 
 
一種神聖な雰囲気さえ漂っていたこの一角。立ち去りがたい雰囲気があった。
 
 
 
…というのが、2009年9月11日の話。
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
時は流れて、2011年5月22日、「春の煉瓦祭り」(謎)で立ち寄ってみたらば、
 
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あららら
 
なんか整備されつつある?それはいいことやけど、雰囲気はどう見ても前のほうが良かったが。まあしゃーないけど。足場が組まれているが人の気配はない。今日が休工日ってことだろう。
 
それよりも、足場があるってことは。
 
 
 
まず前回の画像ではわかりにくかったスケール感が伝わりますな(笑)。
 
 
 
そして!それよりも重要なことは!
 
 
 
 
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竪坑を覗ける。
 
こんなチャンスめったになし!超ラッキー!さすがに底までは見えるわけもなくコレが限界やったけど。
 
 
 
ちなみに前回下から見てたら「植物を編んだような風合い」とかぬかしておりました部分、
 
 
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完全に鉄棒でした(笑)。なんで植物に見えたのか…。さっきの画像はこの隙間からカメラを突っ込んで撮影。
 
 
 
 
 
 
…ということで、おそらく現在は修復整備されて見栄えもよくなっているのだと思われる…とか言いつつ、まさか立ち入り禁止になったリはしてないよな?(汗)
 
 
 
 
 
以上、完結、以下、おまけ(笑)。
 
 
 
 
 
 
この竪坑の脇を走る小関越えの道、実は旧道。もう少し北に新道が開通し、車はみなそちらを通る。
 
…と、いうことは?これは竪坑からさらに大津側へ…つまり登っていった状況。
 
 
 
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【お断り】
コレは2009年5月時点の道路状況、車はインプです。現在はさらに悪化して廃道同然になっているかもしれず、あるいはもっと改善されているかもしれません。この時は現道との合流地点までなんとか抜けられました。