またまた古いネタで恐縮ですが。
2010年4月25日、大阪府南部を徘徊した。限られた時間で廻ったこの日、唯一にして最大のネタをご紹介。関西地区では超メジャー物件…いや、全国区か?
ノートさんの背後にアヤシイ分岐の見える、今いる場所はコチラ。
分岐のところに立っているこの看板。
見たことある~。ネットでおなじみのヤツだ。こんなにわかりやすいイントロってある(笑)?
書かれているように、こう見えてこれは大阪府道214号河内長野千早城跡線の旧道。あまつさえ、電子地図では今も県道として描かれているけど、
ウソでしょ!?
想像するに、コレは人工廃道化というか、舗装が剥がされたんじゃないのだろうか。
…とか、現地ではそんなことも考えずにざくざくと登っていった。もうすぐそこにあるはず…。
すぐそこに…
き、
き、
キタネー…もとい、キターーー!!!
これこそが関西有数の超メジャー廃隧道、千早洞(ちはやどう)、その千早赤阪側坑門。まさに…
キタネー…もとい、威風堂々。
…いやいや(笑)。
残念ながら、坑門上からの土砂のせいだろう、全体が泥にまみれて汚れまくり。なんともったいない…。
しかし、それでもなお隠しきれない、あまりに端正なそのお姿。
扁額には「千早洞」。そう、「千早隧道」ではなく、千早「洞」。同業者にしかわからぬ、このプレミアム感(笑)。胸壁は煉瓦製、そして笠石と帯石もフル装備。どっしりとした要石に支えられてアーチを形成するは…
盾状迫石。
文字通り、盾のような形状をした迫石(アーチ環を形成する石)のこと。関西圏では東熊野街道筋の古洞群でのものが有名だが、この千早洞のもまた見事だ。関西圏以外での物件例がちょっと思い出せないけど、あったっけ…?
ピラスターは、「坑門を支える」という本来の目的からは逸脱し、完全に装飾物として扱われている。こういう石組み状のピラスター、これも他ではあまり見た記憶がない。
それもそのはず、この隧道、完成は昭和6年。すでにコンクリートトンネルの時代に突入していたはずだが、かくも懐古主義的なスタイルで建造された理由はなんなんだろう?
なんにせよこの隧道、土木学会選近代土木遺産Cランクに選定されているのであーる。
ガッツリと封鎖されているので当然洞内には立ち入れないのだが、
間違いなく貫通している。
やっぱ内部はコンクリートですな。オリジナルだか改修だかわからないけど。こっから見る限りでは、不具合がどのあたりなのか判然としない。もっとヤバそうな現役隧道はありそうやけど…(笑)。
反対側にもこっちと同様の看板が設置されているみたい。ぜひあっちも拝みたい!
というわけで、
【後篇】に続く。








