千早洞 (廃) (大阪府南河内郡千早赤阪村千早~河内長野市小深) 【後篇】 | 穴と橋とあれやらこれやら

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初めまして。ヤフーブログ出身、隧道や橋といった土木構造物などを訪ねた記録を、時系列無視で記事にしています。古い情報にご注意を。その他、雑多なネタを展開中。

【前篇】より続く…が、その前に訂正。
 
わたくし前篇でこの隧道の完成が昭和6年と書いたが、大正6年の誤りでした。大変恥ずかしい間違いでございました。それならば、煉瓦による坑門工も当然やし、洞内のコンクリは後年の補修ということになるでしょう。失礼しました~。
 
 

 
 
 
 
現道を通って、反対側へ回る。
 
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そして、そこには現トンネル。
 
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新千早トンネル。ちなみに、扁額には「新千早隧道」と掲げられている。
 
 
 
 
そして、銘板。
 
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1972年3月。思ったよりも古い。調べてみたら、千早洞が通行止めとなったのは新トンネル完成の10年後ということなので、1982年か。探索時点で閉鎖後28年が経過していたことになる。
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
さて、トンネルをくぐって、かなりの鋭角カーブで旧道へ。
 
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かなりの勾配。そして舗装もひび割れ…
 
 
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やがてダートに(汗)。わかりにくいかもしれないが、なかなかの悪路やぞコレ。お腹の弱いノートさんにはキツーい。
 
 
 
 
 
やがて旧道は産廃処理工場的な建物の横を過ぎ、そこで広くなり、そして行き止まりに。この工場があるがために道として生きていられてるわけで、なかば私道状態。ちょっとおどおどしてしまうシチュエーションではある。…隧道はどこだ?
 
 
 
 
 
 
ココでしょう。
 
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広くなった左側に切れこんでいくアレが旧道に違いない!
 
 
 
 
 
ちらっ。
 
 
 
 
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…いた。ビンゴだ。
 
しかしこっち側は廃感満点、ちょっと坑門前まで行く気がしない足元だ。
 
 
 
 
なので、
 
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ここまででやめておいた。
 
見たところ千早赤阪側とまったく同じ仕様のようだったし、中に入れるわけでもないのでね。
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
コレが、2010年春時点での状況。今ではこの河内長野側にはブルーシートがかけられてしまっているようで、不憫極まりない。新千早トンネルには極めて狭い歩道が片側にあるのみ。この旧隧道、自転車やハイカーなどのための自歩道トンネルとして、そして観光資源として活用できないもんだろうか…?
 
なにしろこの素晴らしい土木遺産をきちんと保全してほしいものであります。
 
 
 
 
 
 
以上、完結。