2011年1月30日、第三次宮城県探索。この日のネタは…おおっと、初めてか。
えー、この日はまず、以前シバキ残していた東松島市をやっつけにきたのだが、
まったくノーマークなところで出会ってしまった…
あはーん、と。
な、な~んと、素掘り隧道が!いやいや、わたくしの旅のお供、県別マップルには一切載っていなかったのでビックラこいた(死語)。
後でリンク出すけどゼンリン地図でも載ってないし、地理院地図でさえも、「よーく見たら…コレ隧道?」みたいな感じで、とにかくマボロシ感が強いのだが、現地ではこんなにもあからさまにポッカリと。
が、なにか様子がおかしい。車止めが設置されているし、何よりもそのロケーションが。
引いて見てみると、
こんな感じ。
オレンジ線の立派な二車線道路は、宮城県道27号奥松島・松島公園線。そう、主要地方道に面してポッカリ開口してるのだが、実は赤線で示したように、県道から分岐して隧道の反対側を横切る道路がある。
おそらくは隧道が手狭で、あるいは危険があったがために赤線の道が整備され、隧道は一線を退いた、と、こういうことだろうね。
ちなみに場所はコチラ。
改めて正対。
坑口上の曲がりくねった木がイイ感じ。
↓
たまそらさんのご教示により、「東松島市 トンネル長寿命化修繕計画」にて「菅田隧道」と判明しましたので訂正。
鳴瀬町による看板が立っているからには、町道だったのだろう。ちなみに鳴瀬町は2005年に近隣と合併してできた東松島市の一部となった。
そして注目すべきは看板の文言。
「通行しないように」ってのは、自転車歩行者を含めたすべてに対してだろう。車止めとセットでのこの措置って、事実上の廃隧道ってことになるよなあ…。
まあでも、「お願いします」やし…(笑)。
この日の通行者は、看板なんぞに影響されないお猫様のみのようだった。人間としてはこの日初めて入らせていただきますね~。
入洞してすぐに目についたのは、
右側の壁面にくり抜かれた、ホームベース型の窪み。
おそらくは、お地蔵様か馬頭観音あたりが安置されていたスペースじゃないかと思われるが、それが既にない(他の場所に遷された?)というのは、この隧道が一線を退いたのを象徴している気がした。お墓の魂抜きみたいなもので。
延長は10m強くらいだろうか。
看板には落石云々と書いてあったけど、全然安定してるやん。
壁面には
鑿痕がビッシリと。完全手掘りですなぁ。素晴らしい!
抜けて振り返り。
この隧道、いったいいつごろ掘られたのだろうか。
どう考えても現・県道よりも古いことは間違いないだろうが、かつては松島や野蒜からこの宮戸島(そう、橋でつながってはいるけど、ここはれっきとした島である)へのメインルートに連なる道だったのだろうか?
堪能した。
実は県道から片勾配となっているこの隧道。
短いながらも味わい深い一洞でありました。
以上、完結。