百寿橋 (奈良県大和郡山市北郡山町) | 穴と橋とあれやらこれやら

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初めまして。ヤフーブログ出身、隧道や橋といった土木構造物などを訪ねた記録を、時系列無視で記事にしています。古い情報にご注意を。その他、雑多なネタを展開中。

 
2018年1月19日、仕事で行った(こんなんばっかしやな・笑)大和郡山市。ここもかねてから訪ねたい橋があったので、この機会に立ち寄った。
 
それは、大和郡山市役所のド真ん前にあるらしいのだが…
 
 
んで、
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一目瞭然で、ありました(笑)。
 
 
 
 
市役所に向かって(笑)、正対。
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すげーな、親柱にお城が載ってるし(笑)。
 
 
 
 
一見して古い橋、そして向かって左側にあるのは…5984b15a.jpg
 
 
土木学会の、選奨土木遺産プレート。
 
そう、この橋、2016年に土木学会の選奨土木遺産に選定されたのだった。その名は「百寿橋」。橋についての解説は、この看板に譲らさせていただくので悪しからず(笑)。
 
それによると、親柱の「お城」は平成26年に復刻されたもので、オリジナルにもついていたようだ。攻めたデザインやな~(笑)。まあこの橋が架かっているのが、かつての郡山城中堀だということで、突拍子もないものではない。
 
 
サイドアングル。
 
 
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気がつかれただろうか?まあ説明看板にも書いてあったが。
 
この橋、非常に扁平ながらも二連のアーチ橋となっている。
 
 
 
個人的にツボなのは、
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この欄干と
 
 
 
 
親柱からさらに延びる
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袖高欄(そでこうらん)。洒落てる~。
 
 
 
 
この橋、すっごく情報が多かった。
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まずは向かって左の親柱。
 
 
 
 
刻まれてるのはお名前だが、
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それをふちどる周りの意匠も凝ってるな~。
 
 
 
 
外側には、
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設計者と請負者の名前。
 
 
 
 
で、こちらは向かって右の親柱。
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これまたお名前だが、先ほどとは文字のタッチが違う。
 
誰の揮毫かはわからないが、別人が書いたものであることは確かだろう。いずれも達筆!
 
 
 
で、これの外側には、
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右に寄附者、左に当時の町長名、そして真ん中に竣工年である「昭和十一年十一月」の文字。
 
 
 
橋を渡らず、東側からのサイドアングル。
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離れて見ると、単なる古い橋に見えるな。
 
ちなみに、この写真を撮っているところが、メインの自動車入口。百寿橋は今や半分モニュメントみたいなものだが、一応車は通れる。ただし進入のみで、退庁する際はここ東側から出るしかない。
 
 
 
市役所側に回り込んできて、正対。逆光になっちゃったな。
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市役所の警備の方の視線をビシビシと感じつつ…(笑)。
 
こちらの親柱には、何も刻まれていないように見える。だからかどうかはわからないが、進入禁止の看板なんか取り付けられちゃって…。
 
 
 
 
我が萌えポイント、袖高欄を鑑賞。
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スタイリッシュやね~。シャレオツやね~。
 
 
 
 
こことか。
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ホレボレする。
 
 
 
 
で、何もなさげな親柱だったが、側面にはやはり情報盛りだくさんで、
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「工事監督者」として6名の名前があった。
 
 
 
 
この角度、めっちゃバエるなあこの橋。
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で、この最後の親柱側面にもなにか刻まれてるな。
 
 
 
 
どれどれ…
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まだいたのか、工事監督者!(笑)
 
こちらにも5名の名前と、技手、書記各1名。すんばらしく詳細な情報ありがとう(笑)。
 
架橋場所とその力の入り具合から考えても、最重要な橋、町のランドマークとして架けられた橋だったんだろうな~、と、往時をしのんでみたくなる、そんな橋だった。
 
 
堪能した。
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しかし…カッコいいなあ~。
 
 
 
 
この一部分だけでも
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ウチに飾りたいくらい(笑)。
 
 
 
…満喫してたら、思わず商談に遅れそうになったのは内緒だ。
 
 
 
以上、完結。