しかし、昨日書きました、「冬の運動会」に関するブログが、記事ランキング4位です。このブログの読者は、やはり変わっております。
さて、改めて見直すことで、半世紀も昔、このドラマを初めて見た時、なぜ私が驚いたかを、少しづつ思い出しました。
向田邦子といえば、当時はホームコメディのひとでした。「だいこんの花」、「寺内貫太郎一家」など、私は好んで見ておりました。だから、「冬の運動会」も、その延長だと思っていたのです。
それが、家族というものの欺瞞とでもいいますか、表と裏をリアルに描くということに、衝撃を受けました。いま思えば、坂元裕二が、「わたしたちの教科書」で、がらりと作風を変えたことに似ております。ターニングポイントになったということです。二年後、向田さんは「阿修羅のごとく」がドラマになります。
このドラマに登場する三世代の男たち、志村喬、木村功、根津甚八は、それぞれ鎧を脱ぐ場所を持っております。しかし、向田邦子は、その鎧の脆さを、綻びを、容赦なく描きます。
根津甚八扮する菊男は、入り浸っている靴の修理屋から持ち帰ったハイヒールを、志村喬扮する祖父の謙吉は、藤田弓子扮する、愛人の加代が、地べたに落ちていた洗濯物のブラジャーを、家族に見られてしまいます。
軍人あがりで、厳格さの塊のような謙吉のほうが、恥ずかしさは堪えたでしょうが、菊男だけがそのことを理解し、庇います。その時謙吉は、泣き笑いのような顔をするのですが、この時の志村喬がたまりません。
木村功扮する父親、遼介は、市原悦子扮する亡くなった親友の妻、初枝に、なんともいえない感情を抱いております。
加藤治子扮する、遼介の妻、あや子は、良妻賢母を絵に描いたような存在ですが、初枝に縁談があり、良縁なので、勧めるように遼介に頼みます。
初枝が、さりげなく断り、遼介はそのことをあや子に伝えるのですが、その表情だけで、あや子は夫の感情を見破ります。
もうね、「阿修羅のごとく」とは、関係がないのですが、エピソードゼロといった感じで、もう面白くて面白くてたまりません。
そして、何より、向田邦子が紡ぐ言葉です。菊男が大滝秀治と赤木春恵の夫婦に、朝ごはんをねだるのですが、ねだるおかずが、おみおつけ、塩なす、納豆、うぐいす豆、塩昆布です。わかります?この食卓の風景。
ちゃぶ台を囲む、決してご馳走とは言えないこの朝ごはんが、私など涙が出そうでした。
これ、本当に見てほしい。私たちがなくしてしまったものが、忘れてしまっていた東京が、そこにあります。
※渋谷の線路沿いに、靴の修理屋があるのですが、だいたい場所はわかりました。放送の二年後、私は東京に行くのですが、まだあのような店は、確かにありました。