なぜか、目が早くに覚めてしまい、オリンピックの女子フィギュアスケートのフリーを、リアルタイムで見てしまいました。


ショートプログラムを終えた時点で、坂本花織は2位、そしてまだ17歳の中井亜美がトップでした。


ショートで3位だった、アメリカのアリサ・リウが完璧な演技を見せて、トップにつけて、坂本は2位で、最後に中井の演技でした。


全てを終えて、中井は首を傾げました。ミスがあったことがわかっていたからです。しかし笑顔です。オリンピックのフリーの最終滑走という大舞台で、このメンタルは凄い。


結果が出て、中井は3位でした。その時恐らく本人は、4位だと勘違いしたのでしょう。仕方ないという表情でした。ところが銅メダルだとわかり、アリサ・リウが彼女を讃えた時、そこで初めて驚き号泣しました。


この子は、化けます。フィギュアスケートのことはよくわかりませんが、まだあどけない少女は、天性の心臓を持っております。


怪我などがなければ、4年後には色の違うメダルが待っているでしょう。


しかし、昨日書きました、「冬の運動会」に関するブログが、記事ランキング4位です。このブログの読者は、やはり変わっております。


さて、改めて見直すことで、半世紀も昔、このドラマを初めて見た時、なぜ私が驚いたかを、少しづつ思い出しました。


向田邦子といえば、当時はホームコメディのひとでした。「だいこんの花」、「寺内貫太郎一家」など、私は好んで見ておりました。だから、「冬の運動会」も、その延長だと思っていたのです。


それが、家族というものの欺瞞とでもいいますか、表と裏をリアルに描くということに、衝撃を受けました。いま思えば、坂元裕二が、「わたしたちの教科書」で、がらりと作風を変えたことに似ております。ターニングポイントになったということです。二年後、向田さんは「阿修羅のごとく」がドラマになります。


このドラマに登場する三世代の男たち、志村喬、木村功、根津甚八は、それぞれ鎧を脱ぐ場所を持っております。しかし、向田邦子は、その鎧の脆さを、綻びを、容赦なく描きます。


根津甚八扮する菊男は、入り浸っている靴の修理屋から持ち帰ったハイヒールを、志村喬扮する祖父の謙吉は、藤田弓子扮する、愛人の加代が、地べたに落ちていた洗濯物のブラジャーを、家族に見られてしまいます。


軍人あがりで、厳格さの塊のような謙吉のほうが、恥ずかしさは堪えたでしょうが、菊男だけがそのことを理解し、庇います。その時謙吉は、泣き笑いのような顔をするのですが、この時の志村喬がたまりません。


木村功扮する父親、遼介は、市原悦子扮する亡くなった親友の妻、初枝に、なんともいえない感情を抱いております。


加藤治子扮する、遼介の妻、あや子は、良妻賢母を絵に描いたような存在ですが、初枝に縁談があり、良縁なので、勧めるように遼介に頼みます。


初枝が、さりげなく断り、遼介はそのことをあや子に伝えるのですが、その表情だけで、あや子は夫の感情を見破ります。


もうね、「阿修羅のごとく」とは、関係がないのですが、エピソードゼロといった感じで、もう面白くて面白くてたまりません。


そして、何より、向田邦子が紡ぐ言葉です。菊男が大滝秀治と赤木春恵の夫婦に、朝ごはんをねだるのですが、ねだるおかずが、おみおつけ、塩なす、納豆、うぐいす豆、塩昆布です。わかります?この食卓の風景。


ちゃぶ台を囲む、決してご馳走とは言えないこの朝ごはんが、私など涙が出そうでした。


これ、本当に見てほしい。私たちがなくしてしまったものが、忘れてしまっていた東京が、そこにあります。


※渋谷の線路沿いに、靴の修理屋があるのですが、だいたい場所はわかりました。放送の二年後、私は東京に行くのですが、まだあのような店は、確かにありました。

「ラムネモンキー」ですが、木竜麻生扮するマチルダとは何者だったのか、さらに明らかになりました。


以前も書きましたが、これは「ゴンゾウ」における、前田亜季扮する殺害されたバイオリニストが、回を重ねるごとに何者だったのかを、生前関わった人達の証言で明らかにしていった手法によく似ております。


昨日は、近藤芳正扮する建設会社の社長が登場して、マチルダとは関係ないのですが、大森南朋扮するチェンに、彼の自伝を映画化するにあたり、中越典子扮する、旧知のプロデューサーから監督をしないかというオファーがあり、アパートの家賃にも事欠いていたチェンは、飛びつきます。


この社長が、とんでもないワンマンで、そもそも自伝を自費で映画化すること自体が、ろくでもない企画だとはチェンも充分わかっているのですが、なまじ映画好きなため、チェンの脚本にダメ出しを繰り返します。


社長が、そこで名前を出すのが、黒澤明監督の「三匹の侍」と、小津安太郎監督です。彼らを見習えと。


チェンたちと同世代で、映画を知っていれば、この社長がいかにえせなのかが、これだけでわかるのですが、若い方々には通じたのでしょうか?


私のブログを読んでいる方には、何を今更なのですが、「三匹の侍」は五社英雄監督ですし、小津に至っては安二郎です。


古沢良太さんは、こういうことをよくやります。私には、自分の作品を批判するのは結構だ。けれど、せめてこの程度の知識くらいがあって批判してるのだろうな、と、古沢さんが試しているように感じます。


前に何度か書きましたが、「コンフィデンスマンjp」の初回のオープニングで、「スティング」のもろパクリの詐欺をダーコたちが働くのですが、この時も、映画のタイトルを出さずに、「こんなにうまくいくとは思いませんでした。映画と同じ設定なのに」、「あいつら、古い映画なんか見ちゃいねえよ」という台詞がありました。


どちらも、極めてわかりやすい映画ネタなのですが、今回もきちんと理解して見ていたのは、せいぜい半分くらいですかねえ。


※ただ、やはり津田健次郎扮するキンポーの行動が気になります。


彼は何か大きな病気を抱えておりますが、とにかくよく家を空けます。


親が認知症になった方ならお分かりですが、とてもではありませんが、ひとりになどさせられません。要介護認定を受ければ、ヘルパーを頼めますが、時間には限度があります。特に夜は危険です。ましてや床屋もうまくいっておりません。


このことがどうしても引っかかるのです。