気がつけば前回のブログから1ヶ月近くが過ぎていた。


特に何があったわけではないが、何やかんやと忙しなく過ごしている。

噂には聞いていた受験生がいる生活の大変さをひしひしと体感している。


今の時点で特記事項もないが、進展があったとすれば殿の私立高校の入試が終わって結果も出た。

また公立高校の出願も終わった。


私立高校は候補が2校あって、受験日が同日なので最後の最後まで悩んだが、何なら両校に出願までした(2校とも受験料を振込済)のだが、最後、学費にメリットがある方を選んだ。


公立高校に関しては殿は始めから志望校は変わらないのでそのまま出願。

あとは平常心で受けるだけだ。


殿はそんな感じで、日々彼なりに受験勉強に勤しんでいる。


そして、私。

12月から諸事情あって勤務時間が長くなった。

その上、殿の通塾時間が早くなったりして帰宅後すぐに夕食を作って夜弁当を持たす事が増えた為、毎日フラフラである。


殿に聞くと、周りの子はおにぎりや菓子パンの子が多いと言っていたが、帰宅時間が遅いので、帰宅後の食事は期待できない為、少しでも食事らしいものを食べて欲しくて簡単なものだけどお弁当を作っている。


帰宅はほぼ深夜。お迎えは長宗我部が行ってはくれているが、結局私も起きて待っているので夫婦共々ふらふらになってきている。

2週間前ぐらいには奥歯の歯茎の下あたりに口内炎ができて食欲も失せた。しかも治るのに2週間かかった。

で、最近治ったと思ったら今度は左目が軽くものもらいが出来たようだ。

そして、今度は耳が痛い。


受験と言うより、たぶん仕事もいっぱいいっぱいな中で、時間に追われた生活が私にはキャパオーバーなのであろう。


そうそう、ここ数ヶ月で少し前髪がハゲてた。

でも美容師さん曰く、それぐらい抜けてちょうどいらしい。なぜなら私は多毛でおでこが狭いから。

なんのこっちゃい!

毛が抜けて気分いいもんじゃないわい!


先日、塾で最後の面談を受けた。

概ね悪い事は言われていないが、むしろ、塾長にとって殿はいい意味で眼中になかった。

しかし、そこで一つだけ殿の気になる点を言われた。

そんな事言われたら、もうBBA、ツライっす。

いてもたってもいられない。


なぜ殿がそうなっているのか、長宗我部と話し合う。何なら大喧嘩にもなった。

殿とも話し合いをたくさんした。


話し合ううちに見えてきたのは、結局、殿は私達の言葉に囚われていた。殿をそんな風にしていたの親である私達だった。

そして、それが解放できるのは私達だけだった。


大きくなったと言ってもまだ10代半ば。

どうしても親の影響は強い。

もちろん殿の性格も相まって起きていた事ではあるが、やはりこればっかりは親である私達に責任がある。


なので

ビビデバビデブー


殿の心を自由にした。


殿の唇に吹き出物が出来た週末。

きっと自分を追い込んでいたのだろう。

今ここで気づいて良かった。

それを教えてくれた塾長には本当に感謝している。


ちなみに殿の吹き出物の原因はもう一つあったと思われる。


つづく…

かな?



今さらながら、あけましておめでとうございます。


年末というか、クリスマスから簡単に振り返ると、

クリスマスは殿が受験生という事で特に何もしなかったが、母ミチヨがお手製シェパードパイを持ってきてくれたのでそれを食べた。

その数日後、冬休みに入る最後の登校日。

出勤して2時間もすると殿の学校から電話がかかってきた。

ちょうどこの週は学校でインフルエンザが流行っていた為、その日体調不良で保健室に行った子は強制早退だったそうだ。

殿は熱と言った熱ではなかったが、もれなく強制早退となった。

職場には良いお年を〜と挨拶をしてすぐさま迎えに行く。

え?元気そう…

しかし、申し訳程度に微熱があるので念のため翌日に病院の予約をした。


翌朝病院に行くと発熱外来のドライブスルーが既に行列。

検査結果はインフルでもコロナでもなかった。

なので、結局院内での診察となったのだが、中も酷い混みよう。逆に何かに感染しそうなぐらいであった。殿は原因はわからないが喉が真っ赤に腫れていた。


大量の薬と共に帰宅。

そこから最高38℃の発熱。

ちなみに殿の冬期講習はもう始まっている。

日割り計算をすると1日1万円。

4万円飛んで行った。


それより何より早退した日から4日後に塾で大晦日EVE特訓というのが開催予定だったのだが殿はそれを凄く楽しみにしていた。


それに参加できるようにできる限り休養をして、なんとか間に合った。


その日は帰宅が深夜12時過ぎだったのだが、それはそれは楽しかったようでずっと興奮して色々と話してくれた。

ってか、寝てくれ。



31日は塾もお休み。

実家で紅白を観ながら年越しの食事をした。

色々言われるけど、私は大晦日に紅白を観るのが好きだ。昨年はvaundyとB'zと玉置浩二が見れて良かった。

今年はvaundyのファンクラブに入ろうかと企んでいる。


年が明けて三が日は塾のお正月特訓。

初日は元旦ということもあり、お節を入れたお弁当を持たせた。

4日は塾は休みだったが、冬休み明けに期末テストと模試が待ち受けていたので結局休みらしい休みにはならず。

その後数日塾に行ったら、はい、期末テスト。

また数日学校に行ったら、はい、模試。


ここで特記したいのが、テストの日も模試の日も殿の風邪が治ってないという事実。

咳が酷い。

睡眠中は幸い咳が出ないようだが、起きているとほぼ四六時中咳をしているような状態であった。


ちなみに今もまだ咳が治りきっていない。


何の風邪なんだよー。

治ってくれよー。


そんな体調不良で過ごした年末年始、否、冬期講習。


殿にとって少しでもプラスの時間になっているといいが…


で、ここまで書いて寝落ち。



数日前に学校のテストの結果も、模試の結果もわかった。

模試なんて普段は速報が出るのに2週間はかかるのに今回は3日で出た。

詳しい成績表は後日渡される。



学校のテストに関してはよく頑張ったと思う。

5教科はもちろんの事、保健体育が92点だったのが1番嬉しい。

長宗我部も感無量のハグをしていた。


模試についてはノーコメント。



そんなこんなであと少し。

悔いのないよう過ごしてくれ。





実家でのすき焼きについてです。


うちの実家で食べるすき焼きが美味しくないのです。


話は長くなります。


私の実家は年末年始にすき焼きを食べる事が多いです。


幼少期の実家のすき焼きはステンレスかアルミでできた、蓋なのか鍋なのかわからない代物を使い、牛脂を溶かして鍋全体に広げた後、始めからお肉や野菜、焼き豆腐などを全部同時に入れてその上から砂糖、お醤油、お酒をかけて煮込むというスタイルでした。

ちなみに砂糖は黒糖や粗糖など黒っぽいものを使用し、お酒も料理酒ではなく日本酒を使うのが母のこだわりです。もっと言えば醤油もお取り寄せをしているものです。


毎回目分量ですので味が決まるまであーでもない、こーでもないと両親がやっていた記憶がありますが、その時は私と姉(子どもは2人)も幼かったのでその会話にはさして参加せず、ある意味両親が鍋奉行だったのだ思います。


時は流れ、姉が都会暮らしをするようになると、すき焼きそのものを嫌がるようになりました。

理由は太るからです。なので彼女が帰省してもすき焼きを食べる事はなく、しゃぶしゃぶを食べる事が増えました。ちなみに私は家族で唯一しゃぶしゃぶが苦手です。しかしながら、普段は都会で暮らす姉を労って、姉の希望を優先していました。


その姉が実家に戻って暮らす事になると、両親達もいい加減すき焼きを食べたくなり、年末年始の料理に遂にすき焼きが復活するようになりました。



そもそも私は甘じょっぱい味付けが好きなのですき焼きは好きです。


そんな中、太るから、甘いからすき焼きは嫌だと言う姉に少しでも歩みよろうと母親が考え出したのが、甘さ控えめの割下を自作することでした。


しかしながら、割下をかけて煮込むと野菜などから水分が多く出る為、ただでさえ味の薄い割下がもっと薄くなってしまい、結果的に鍋に直接調味料をふりかけるスタイルになり、そこからピリピリした雰囲気になります。


すき焼きの前にお伝えするのを忘れていましたが、うちの姉は家庭内暴力(積み木崩し)をしていた過去があります(今でも名残はあります)。

気に入らない事があると何時間でも暴言を吐き、人に絡み続けたり、蹴ったり叩いたりするのです。


なので、すき焼き中は一触即発状態で毎回食べた気がしません。


そのうち、姉がすき焼きの鍋奉行になりました。

そして、両親、特に母が好むすき焼きは

あんなものは肉豆腐だ!

と言い、高級すき焼き店の様なすき焼きを振る舞うスタイルに変わりました。


そんな彼女には色々とこだわりがあって、そのうちの一つがお肉に火を通し過ぎないという事です。

なので、彼女は鉄鍋でサッと焼いた牛肉を生卵を溶いてある個々人の器に入れていくのですが、ここで問題になるのが、両親と私はお肉はしっかりと火を通したい派だということです。しかしながら一度卵がついたお肉を鍋に戻すことはできません。なので頑張って食べるのですが、食べかけ中に2周目、3周目とお肉が来ます。せっかく姉が鍋奉行をしてくれていますし、いつ怒り出すかわからないので美味しいふりをして食べ続けます。


すると、痺れを切らした母が

自分の食べたいすき焼きはこれではない

と言って鍋に勝手に野菜などを全部入れて野菜炒めのように混ぜ合わせ始めたので、父や私の努力虚しく大喧嘩に発展していきました。


そんなやり取りが数年続いたので、昨年私は母に提案をしました。

市販の割下を買って、それで母親の作りたい肉豆腐系すき焼きを作って、誰も鍋奉行にならずに鍋を囲もうと。みんなで箸をつつき、自分のペースで食べるすき焼きにしようと。

母は最後まで自分で割下を作ると言っていましたが、過去の失敗もあり、もう二度と揉めたくなかったので、多くの人が美味しいと思うように作られている既製品を使用して穏やかな時間を過ごしたいと思っていました。

するとどうでしょう。母は既製品を使用するのが心底嫌だったのでしょう。つゆの素を購入していました。そのつゆの素を使って、自分で味を調整しようとしていました。案の定、味が決まらず。

これには私がブチ切れてしまい、積年の思い、否、不満を恨み節のようにぶつけて発狂。

この家で美味しいすき焼きなんて食べた事がない!

と言ってお正月早々実家から飛び出して自宅に戻り、お正月中戻ることはありませんでした。


そして今年。

今年は自分の子どもが受験生という事もあり、基本的には年末年始には帰省しない方向で話をしていましたが、どうしても家族で揃いたい母の意向も汲んで31日と3日の夜に実家にお邪魔する事になりました。


すると3日の日に、昨年あれほど揉めたすき焼きが再び姿を現すではないですか。

母は得意げに今年はいい割下が見つかったと

今半のすき焼きのたれを見せてくれました。


そこから姉が鍋奉行で再びすき焼きを振る舞います。

今半の説明によると脂をひいてよく熱した鍋にタレを広げたらそこでお肉を数枚焼いて食べて、その後その鍋に野菜をいれる、みたいな事が書いてありました。また割下のように使用する場合は蓋をしないように書いてありました。

家族全員、お肉を1枚食べるまでは上手くできたのですが、2周目からはお肉を焼くのも、お野菜に至っては始めからあまり上手くいきません。タレがすぐに焦げ付いてしまうのです。

お肉をある程度食べ終わると姉は自分の部屋に戻っていきました。


すると両親がその鍋に肉豆腐のように材料を入れ、残りのタレと少しのお水を差して蓋をして煮込んでいました。そして、味が薄いと言って、砂糖、醤油、お酒を入れていました。

出来上がったそれを母は甘さがちょうど良くて美味しいと、わざとらしいぐらい大声て言って食べていました。父は無言です。


私は落ち着いてゆっくり食べたいです。

家族みんなで落ち着いてすき焼きを食べられる日は来るのでしょうか?

またどういう調理法がベストなのでしょうか?



※回答は締め切りました。



質問者より

そもそも、母と姉は我こそは美味しいモノを知っている!!という考えの持ち主で、常にマウンティングし合う人達です。

そして、彼女達から言わせると私は料理下手で食べ物音痴または健康を無視した人間に映るそうです。

確かに私は料理は苦手ですが、私からしたら2人とも同類です。

もちろん彼女達が作るもので美味しいものもありますが、母に関してはすき焼きとおぜんざいが不味いです。


母の名誉の為に言うと、母の料理はお雑煮、唐揚げ、たけのこの煮物と山菜の天ぷらが美味しいです。母は砂糖が悪の人間なので、砂糖を使う料理が基本美味しくないのです。

ただ砂糖が悪の割に市販のオヤツをよく食べていますが。


姉曰く、今年の母のおぜんざいは酸っぱかったらしいです。ここまで来ると痴呆も疑われますが、たぶん違います。彼女のこだわりが招いた結果だと思います。


私としては、年に1,2回しか食べないおぜんざいはそれなりに甘くして食べればいいと思っています。

規定量の8掛けぐらいのお砂糖の量で作れば、それこそ甘さ控えめで美味しいです(もう少し減らせるぐらいだとも思います)。

私の場合はその砂糖の2〜3割程度を黒糖にしています。黒糖の割合があまり多くても黒糖のえぐみが増すので(でも、これももう少し増やせるかも)。

とりあえず、今年もコソッと自宅で小豆を炊いておぜんざいを楽しみました。


うちで年越しをしてもいいと思うのですが、彼らにとって私の家で過ごす事は居心地のいいものではないので嫌なようです。