
「奥さんの電話番号教えて。」
そんなメールが届いた。
再び冷静さを失いつつあった私は、判断がどんどん鈍っていった。
普通に考えれば、嘘の番号を教えればいい。
だが、もし嘘だとバレたら会社に知らされ、もっと面倒なことになるかもしれない――そう考えてしまった。
結局、私は妻の電話番号を教えた。
同時に妻に電話をかけたが出ない。
家にかけると息子が出て「もう寝ている」と言う。
「起こして電話に出てもらって」と伝え、「状況はあとで説明するから、知らない番号からかかってきても出ないで。折り返しもしなくていい」とだけ伝えた。
今度はフワちゃんとのメールのスクショを送るように要求された。
アンさんに関わる部分を削除して送ると、「これが全部じゃないだろ?」と、さらに追撃のメールが届いた。
そして、フワちゃんの名前と電話番号まで教えろと言ってきた。
だが、その頃には少しずつ冷静さを取り戻していた。
妻にバレてしまったことで、一番恐れていたことはすでに起きてしまったのだ。
彼女の脅しは「バレたくない」という私の心理につけ込んでいた。
それがもう崩れてしまった以上、効力は薄れていた。
私の関心は、もはや「会社」にバレるかどうか、それだけだった。
そこでスマホで調べた。
「不倫がバレたら会社はクビになるのか」――。
意外にも、不倫そのものを理由に解雇されることは少ないらしい。
不倫はあくまでプライベートな問題で、会社は関与できない。
ただし、上司と部下の関係で勤務時間中に会っていたり、取引先に迷惑をかけて損害を与えた場合などは別だという。
そう考えると、彼女の「会社にバラす」という行為自体が、むしろ脅迫なのではないかと思い始めた。
カッターナイフの写真を送りつけてくることも、一種の脅しだ。
そして気づいた。
私は彼女に恐れを抱いているわけではなく、「バレること」自体を恐れていたのだ。
だが、もうある程度バレてしまった今、怖いものはそれほど残っていなかった。
もちろん、出向先でいきなり女性が押しかけてくるような騒動になれば、不祥事として異動にはなるだろう。
だが、解雇まではいかない。
家族を失うかもしれないが、生活の基盤までは失われない。
そう考えると、少しだけ心が軽くなった。
わずかだが、ようやく現実を冷静に見つめられるようになった気がした。