
異動の連絡を受けたのは9月末のことだった。私自身、まだ4月に異動してきたばかりだったので、まさか自分がまた異動するとは夢にも思っていなかった。
異動の理由は、後になってから「おそらくこういうことだろう」と自分なりに理解できたが、あまりに突然の異動に、内心かなり動揺していた。
もちろん、アンさんにも伝えた。伝えるのに戸惑ったのは、自分が「逃げる」と思われるのが嫌だったからだ。それに、ちょうど彼女は体調も良くなく、自分のマンションの問題も抱えていたので、すべてを放り出して逃げるように思われるのではないかという不安もあった。
アンさんに異動のことを話すと、意外にも「ふーん」という軽い反応だった。しかしその反応の裏には、「やっぱりこの人は逃げるんだ」と思われている気がして、少し傷ついた。
それでもアンさんは、「最後だから引っ越しの荷造りは手伝うし、あなたが異動先に行っている間、もし嫌でなければ私が荷造りしておくよ」とまで言ってくれた。
私も、彼女がマンションの欠陥工事のことで悩んでいたのを知っていたので、「自分の家にいるのが辛いなら、俺がいない間でもうちに泊まっていいよ」と言って、合鍵を渡した。
今振り返ると、この時点ですでに私は、彼女のことを過剰に信じていたのかもしれない。周囲の人からは、「普通、出会って1ヶ月くらいの人に家の合鍵なんて渡さない」と言われた。確かに、今考えればその通りだ。
私は「自分は騙されない」と思い込んでいたし、詐欺や宗教の勧誘、マインドコントロールの話なども他人事だと思っていた。でも、今になって思えば、当時の私はそうした状態に近かったのかもしれない。疑うこともなく合鍵を渡し、異動先での引き継ぎに向かった。
引き継ぎは1週間ほどだったが、その間、彼女は私のマンションには来なかったようだった。週末、引っ越し準備のために一度帰宅した。
引っ越し業者の見積もりのときも彼女は同席していた。先にも書いたように、異動の猶予は2週間ほどしかないので、翌週には引っ越しを終える予定で準備を進めていた。すると彼女が、小声で「もう1週間、延ばせないの?」と言ってきた。
いつもの私なら仕事を優先して、そうしたお願いは断っていたはずだ。だがそのときは、彼女のことが急に可哀想に思えたのと、「もう会えなくなるかもしれない」という不安から、予定を1週間延ばすことにした。
彼女はとても喜んで、荷造りも手伝ってくれた。翌日は一緒に観光にも出かけた。
私のマンションに戻って一息ついたあと、彼女は自分のマンションへ帰っていこうとした。だが、帰る前に、突然ある出来事が起きたのだった。