グレッグ・イーガン著 SF長編『ゼンデギ』を読んで | フォノン通信

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☆グレッグ・イーガンの『ゼンデギ』を読み終えた。

 

ああ、やっと読み終わったなというのが感想である。

 

☆このSF小説の評価は、☆☆☆(佳作)である。

 

☆「ゼンデギ」という言葉はペルシャ語であり、英語の“life”に相当する。

 

つまり「ゼンデギ」は、日本語では

“人生”、“生命”などの意味になる。

 

☆グレッグ・イーガンの作品にしては、科学技術の奇抜な発想が目立たないように作られている。

 

設定が近未来ということもあり、そのようにしたのだと思います。

 

サイエンスフィクションではあるが、どちらかと言えば人間ドラマとしてのウェイトも大きい作品といっていいでしょう。

 

☆とは言ってもSF的な設定や記述には相変わらず難解なところが多いので、読解には苦労します。

 

僕の文章の読解力と科学技術的な事項の理解力はともに高くはないので、以下の解説には一部間違いもあるかと思います。その点はご容赦ください。

 

 

☆ここからあらすじにも触れるのでこれから『ゼンデギ』を読もうかと思っている方はネタバレに注意してください。

 

☆物語の舞台はイランである。

 

第一部が2012年のイランとアメリカが舞台になっている。

第一部は、イランの国内の政変をめぐる特派員マーティンの話が多く、SFらしいところが少ないので少しかったるい。

 

第二部が、2027年、2028年のイランの首都テヘランが舞台である。

 

☆主要な登場人物10人ほどいますが、3人に絞って、プロフィールを紹介します。

 

マーティン・シーモア・・・2012年の時点ではオーストラリアからイランに取材に来た特派員。

2027年の時点ではテヘランで書店を経営している。

2027年の時点では60歳か61歳である。

 

ジャヴィード・・・マーティンのひとり息子で2027年の時点では6歳。

 

ナシム・ゴレスタニ・・・2012年の時点ではMITに所属している女性の科学者。

情報科学が専門で脳の神経回路について研究。2012年の時点では24歳か25歳。

 

 

2027年の時点ではテヘランにあるオンラインゲームの会社で『ゼンデギ』というVRゲームを開発し、その運営を担当しているチーフエンジニア兼会社の幹部。2027年の時点では40歳。
 

★マーティンとナシムの二人が主人公です。

 

◆あらすじを箇条書きにしてみます。

 

①     2012年マーティンは、国会議員選挙をめぐって政情不安となっているイランを取材している。

 

② 2012年ナシムは、大学で脳の神経回路の研究をしている。

脳のマップを作るためにHCP(ヒト・コネクト―ム・プロジェクト)という手法を使う研究に携わっている研究者である。

 

③ かつてナシムと母親は、治安の乱れたイランからアメリカに亡命してきた。

 

やがて2012年に政権が変わったことでナシムと母親は母国に帰ることを決意する。

 

④ 2027年、マーティンはイラン人のマフヌーシュという女性と結婚していて、ジャヴィードという6歳の息子がいる。

 

⑤ ナシムは、仮想現実(VR)ゲームである

<ゼンデギ>を開発したテヘランの会社で重要なポストについている。VRエンジンの<ゼンデギ>を担当する責任者である。

 

⑥ マーティンは、妻と息子と幸せに暮らしていたが、ある時、マーティンは妻を車に乗せ運転していた時にトラックに衝突されて、妻のマフヌーシュは死んでしまう。

 

⑦     マーティンは肝臓癌を患っていることが分かり、死亡する確率が高いことを知る。

 

自分の死後にジャヴィードがどう育っていくのかを案じたマーティンは、ナシムの<ゼンデギ>内で動く仮想マーティン(小説ではプロシキという用語を使っている)を作ってもらえないかと頼む。

 

HCP(ヒト・コネクト―ム・プロジェクト)とサイドローディングという手法を使ってマーティンのプロシキ(代理存在)を作ってもらい、そのプロシキを<ゼンデギ>内で走らせるのである。そうすれば息子のジャヴィードとVRゲーム<ゼンデギ>内でいつでも会うことができる。

 

サイドローディングという技術は完成したものではないが、本物のマーティンの一部の機能や人格をコピーできる。

 

ヴァーチャル空間にいる”疑似マーティン”がどこまで息子の支えになるのか分からないがマーティンはナシムにそのことを頼んで死んでいく。

 

妻を亡くし、幼い息子を残して死んでいくマーティンの運命は悲しい。

 

プロキシとなった<マーティン>に果たして意識はあるのか。

 

プロキシ・マーティンとジャヴィードはうまくやっていけるのか。余韻を残して物語は終わっていく。

 

★「脳」をマッピングし、丸ごとコピーすること(脳のアップロード)ができれば、電脳の世界でヒトは生きていけるのか。

 

これはグレッグ・イーガンの小説ではよく使われるテーマである。

 

『ゼンデギ』も同じような設定を使って物語を組み立てている。

 

グレッグ・イーガンの長編『順列都市』と『ディアスポラ』でも電脳空間で生きるヒトが登場する。

 

この2作品についての読後の感想がブログ内の「My Favorite SF」のテーマに掲載してあります。興味がある方はどうぞ参考になさってください。

 

★この小説ではAIという言葉は数か所しか使われていない。

 

ヒトの脳の複雑な神経回路を電脳世界にコピーしていく。これを“サイドローディング”という言葉で表している。アップロードという用語は使っていない。

 

★サイドローディングによって電脳空間に作られた被験者の“脳のマップ”を“プロキシ(代理存在)”と呼んでいる。

 

グレッグ・イーガンはこの“プロシキ”に“人工脳”とか“人工知能(AI)”という用語は当てていない。

 

*小説のポイントを再度書いておきます。

 

★ナシムが作ったプロシキ<マーティン>は、不完全なものではあるけれど、VRゲーム“ゼンデギ”の中ではジャヴィードとプロシキ<マーティン>はそれぞれのアバターの姿で交流をすることができる。それはジャヴィードの精神的な支えにもなる。

 

★この小説は、「情報科学者ナシムの研究への情熱と執念の物語」と「マーティンとジャヴィードの父子の物語」という二つが大きな柱になっている。

 

★なぜグレッグ・イーガンは、物語の舞台をイランにしたのだろうか。僕にはその理由は分からない。

 

グレッグ・イーガンの係累や友人にイラン人がいるのだろうか。

 

★『ゼンデギ』は、2011年のローカス賞最優秀SF小説部門の最終候補に選ばれましたが、受賞を逃しました。

 

*確かにこの作品は傑作ではないと思いました。ですが良質な佳作です。

読んでみる価値はあると思います。

 

*総合評価では☆は三つですが、文学性という評価項目を作れば☆は4つにしたいと思います。

 

★僕は、この作品を読んだことでグレッグ・イーガンの長編小説を5冊読んだことになります。

 

グレッグ・イーガンの小説をまだ読んだことがない方は、ヒューゴー賞、ローカス賞を受賞した短編集『祈りの海』、『プランク・ダイヴ』から読まれるといいと思います。

 

それに慣れたところで長編にも挑戦するといいと思います。

 

翻訳されている長編は多分10作品あると思います。

 

 

◇ここまでお読みいただきありがとうございました。