【なぜ、人影は鏡に映らないのか...?】
「おい、あんたら、駐輪に来たんじゃ、無いのか?」
薄暗い蛍光灯の明かりの下。
さらに、薄暗い人影たちに向かって、
ボックスを出て、数歩進んだ桧山さんは、
思い切って呼びかけた。
仕事に対する、持ち前の
責任感が、そうさせたのだ。
しかし、返ってきたのは、返事ではなくて
沈黙であった。奥にいる者たちは、声も
出さなければ、動こうともしなかった。
パッ。パパッ
と、古びた蛍光灯が明滅をする。
「これって、ゾンビですか?」
「いえ、毎日、●んだように生きる現代人が、
行き帰りに来ました~」
(何が!?)
そちらに目を向けた桧山さんの喉の奥が、
ごきゅっと、音をたてた。
駐輪場には、ボックスから場内全体が
見渡せるよう、天井のところどころに
鏡が据え付けられている。
広いモニターのたぐいなどは、ない。
そのかわりの鏡であったのだ。
そこには、当然、奥のほうの光景も
映し出されている。けれども、
...場内に、人間の影は、
映ってはいなかった。
ただの、1人も、だ。
映っているのは寒々としたコンクリートの壁と、
申し訳程度に置かれた10台
前後の自転車。
それだけだ。人間などいない。
鏡の範囲外にいる、桧山さんを除けば
場内には、人の姿は...ない。
(これって...どういうことなんだ...?)
桧山さんの視線が、ふらついた。
奥には、もの言わぬ者たちが見える、たしかに
見える、けれども鏡を見れば...。
(ありえない、ありえない。どういう
ことなんだ!? どういうことなんだ?)
蛍光灯の明滅が激しくなるなか、
桧山さんの脇の下を、冷たい汗が流れてゆく。
じわじわと、恐ろしいかたまりが、
体の内からこみあげてきた。
振り返れば、そこには駐輪場の
入り口があり、通路の先には多くの人が行き来する
日常の商店街の光景があるはずだった。
見慣れた光景と、がやがやという
賑わいと...。
それが、今は何と遠く歓喜られることか。
桧山さんは、カラダを翻して、
通路の方に 走り出したかった。
が、カラダは押さえつけられている
みたいに動かない。首も曲げられない。そして、
歯科医には、ありえざる「もの」が
映っている...。
(だ、誰か、きてくれ~! 誰でもいい。誰か。誰か~。)
けれども、彼の叫びにも似た願いは虚しい。
商店街のざわめきは、ひどく遠い。
まるで、駐輪場と、日常が、
切り離されてしまったみたいだ...。
「となりのトトロ・まっくろ黒すけ」
「もののけ姫・こだま」
「こだま・もどき」
「あいつら、
どうかしてるぜ!」
備考:この内容は、
2009-7-5
発行:KKベストセラーズ
著者:さたな きあ
「とてつもなく怖い話」
より紹介しました。