「めぐみの海」 栗原恵
幼いころの記憶の中で、最も印象に残っているのは海だ。
子供の頃は、夏になる前にはもう真っ黒に日焼けしていた。よく連れて
行ってもらったのは、入鹿明神神社があるビーチ(イルカ海岸海水浴場)。家から車で
15分くらいの場所にあり、私たちは 「イルカ神社の海」 「イルカ浜」と呼んで
いた。このイルカ浜に、夏はほとんど毎日のように父が連れて行ってくれた。
どこまでも白い砂浜と磯が続き、当時は人も少なく、水がすごく透明できれい
だった。この浜からは宮島の裏側が見渡せた。西に広がる海に沈む夕日の
美しさは格別だった。
今でも時々、母が犬たちの散歩に出かけたときなどに、イルカ浜の
サンセットを携帯電話で撮影して、メールで送ってくれたりする。
水中メガネをつけて、ただ海の中をフワフワ漂っているのが好きだった。
透明な水の中を、小さくてキレイな魚が横切ったりする。それを、
プカプカ浮かびながら見ている。時間が経つのも忘れて、水の中を漂っていた。
幼いころから、春は、私の一番好きな季節だ。というのも、夏になれば、
お父さんが毎日海に連れてってくれるから。春になると、そのワクワク感で
胸がいっぱいになるのだ。だから、一番好きなのは、夏ではなくて春。
今でも、海の臭いがすると、懐かしい気持ちになる。小さな島で、どこに
いても、いつでも視界に海があった。海が見える風景は大好きだ。休暇で実家に
戻ることがあると、たいていイルカ浜でランニングする。海を見て鼻腔に潮の
香りが入ってくるだけで、なんとなく落ち着くのだ。
今は、パイオニア・レッドウイングスの本拠地・山形県・天童市にいること
が多い。ここは、緑の山に囲まれた盆地だから、日常的に海が見えるわけでは
ない。遠征の時、新幹線の車窓から海がキラキラと光って見えると、思わず
窓に顔を寄せて見入ってしまう。
海は、幼い私を育ててくれた源なんだと思う。
備考:この内容は実業之日本社 栗原恵著 めぐみ(¥1200+税) より紹介しました。