食品安全委員会のPFAS議論 | 広田鉄磨のブログ

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PFASのリスク評価、その意味は? 姫野誠一郎座長インタビュー

令和6(2024)年6月26日掲載

PFAS(有機フッ素化合物)の食品健康影響評価が2024年6月25日、まとまりました。食品安全委員会が、自らの意思で評価を行うと決定し(自ら評価)、ワーキンググループ(以下、WG)を設置したのが23年2月。10人の専門委員と12人の専門参考人が、PFASに関する論文や各国政府機関の報告書など数百の文献に目を通し、計9回の会合で意見を述べ議論しました。姫野誠一郎座長が、全体像を把握しながら議論を促し評価をまとめあげました。

科学に基づき多岐にわたる項目を検討した緻密な評価です。それ故に、と言うべきか、一般の人たちにはその意味合いがわかりにくい面があるのもたしか。そこで、姫野座長からわかりやすく語っていただこう、とこのインタビューを企画しました。指標値の意味は? 発がん性は? 血液検査が必要なの? ずばり、お尋ねします。

(聞き手:松永和紀 委員)

 

姫野誠一郎座長のお写真

姫野誠一郎座長

1985年〜2003年、北里大学薬学部 公衆衛生学研究室助手,講師,助教授、2003年〜2023年、徳島文理大学薬学部教授. 2020年4月〜、昭和大学薬学部客員教授。保健学博士(東京大学)。必須元素でありながら毒性も強いセレンの研究、カドミウムとマンガンの生体における輸送機構解明に携わったほか、ヒ素化合物の健康影響研究、アジアのヒ素汚染地域のフィールド調査にも取り組む。現在、食品安全委員会汚染物質等専門調査会座長

多数の論文を精査し健康影響を判断

松永

WG立ち上げから1年4カ月。やっとPFASの評価がまとまりました。その内容をおうかがいしたいのですが、あえて先に申し上げると、どうも多くの方々の間に誤解がある。「水道水ですでに運用されている暫定目標値で問題ない、となるように、食品安全委員会は指標値を決めた。だから、欧米に比べてとても緩くなってしまった。けしからん」。そんなふうに言われます。食品安全委員会は、国民の健康保護が最も重要であるという基本的認識の下にリスク評価をしているのですが、残念なことに誤解されています。

姫野

WGでは、現在の水道水の暫定目標値がこの数字だから、というような議論は一切していないです。われわれは、学術論文と各国政府機関などが出した報告書を読んで、どんな影響がどの程度の摂取量で出る可能性があるのか、食品からの摂取量はどれぐらいか、という議論をひたすら行いました。

松永

そこでの作業が具体的にどういうものだったのかがわかりにくいのが、誤解の根元にあるような気がしますね。2022年度の調査事業で関連する論文約3000を世界中から収集し、リスク評価に重要と思われる257の文献を選出。肝臓や脂質代謝、発がん性など、多岐にわたる影響についての論文が集まりました。これらの影響項目を科学の世界では「エンドポイント」と呼びます。WGでは、エンドポイント別に論文を仕分けし、20人あまりの専門家の先生方にもエンドポイント別にグループになっていただいた。そのうえで、先生方に自分の担当のエンドポイントに関連する論文を一つ一つ読んでいただき、PFAS摂取によりそのエンドポイントの影響が出るのか、グループ内でじっくり検討していただきました。さらに、グループの見解をWG会合で報告し、他グループの先生方も意見し、ということを繰り返し、WGグループ全体の意見としてまとめてゆく、という作業が行われました。

図1 評価の経緯

評価の経緯

姫野

学術論文というのは、エンドポイントの評価に使えるかどうかという視点で吟味すると、質がさまざまなんです。動物試験なら、動物の数、飼育方法、PFASの与え方など細かく見て、ヒトが口から摂取した場合の判断に使えるかどうか検討しないといけない。ヒトの調査なら、どのような対象者なのかとか、関連の有無をどのような手法で判断したかも大事です。たとえば、PFAS摂取と健康状態を同時に調べた「横断研究」なのか、PFAS摂取の状況を調べて、その後の健康影響を長い年数追いかけた「コホート研究」なのか。横断研究はその瞬間の状況を把握するものなので、統計学的に関連があると言っても、PFASが原因でこういう影響が出ているのかどうか、という因果関係までは判断できないのです。また、研究で示された影響が、ヒトの長い人生における正常域の範疇にとどまるのか、あるいは、「有害影響」というレベルの大きな変化なのか、ということも考えなければなりません。

米国やEU等の政府機関の見解、考え方なども一様ではないので、取り入れるかどうか慎重に検討しました。このWGを始めた時点で、各国政府機関が決めていたPFASの安全性に関する指標値は、低いものから高いものまで、PFOSで10万倍、PFOAで1万倍もの開きがありました。なので、われわれはどのエビデンスが確かなものなのかをまずしっかり吟味することにしました。米国環境保護庁(EPA)が示した指標値がもっとも低く厳しいのですが、それまでに公表されていた各国の普通の人々の摂取量データと比較しても、かなり低い数字。つまり、世界の多くの人たちがおそらく、米国の指標値を守れない、という状況でした。もし、そのような低レベルのPFASがさまざまな健康影響を起こすとしたら大変なことなので、われわれも極めて慎重に論文を調べたわけです。

インタビュー風景

データが少なく矛盾も多く

松永

化学物質には「用量反応関係」があるとされています。簡単に言うと、摂取量が増えると影響が大きくなる、というものです。農薬や添加物は、ヒトが摂取する試験はできないので、動物試験で用量反応関係を確認し、これを下回れば影響を検出できないという「無毒性量」(NOAEL)を確定し、そこからヒトの「許容一日摂取量」(ADI)を決定します。PFASの場合にはヒトの調査があり動物試験も行われているものの、データが少なく矛盾していたりして、判断が難しかったようですね。

姫野

論文を突き合わせて検討すると、研究によって結果が一致しない、用量反応関係を見出せないエンドポイントが多数ありました。摂取量が少ない人たちで影響が見出された、という報告がある一方、PFASを製造していた工場の労働者、つまり大量を体に取り込んでいるに違いない「高ばく露者」でその影響が見られなかったりする場合もあるのです。そういう生物現象は起こりうるのですが、そうするとどの値から安全、あるいは危険なのかを判断するのが非常に難しくなります。それに動物試験とヒトの調査の結果が正反対、というものもありました。たとえば、コレステロール値がマウスやサルでは下がるのに、ヒトの調査では上がっていたりする。判断が非常に難しく、WGの専門家の先生方も苦労されたと思います。

松永

そうした緻密な検討議論の結果が評価書となりました。検討した各エンドポイントのうち、神経や甲状腺機能等については明確な影響ありとは言えない、などと判断され、影響を否定できなかったエンドポイントが表1にまとめられています。このエンドポイントごとの緻密な評価を経て23年12月に開かれた第6回会合でやっと、姫野座長が「健康影響評価に関する指標値を出せるかどうか、次回議論しましょう」と切り出しています。

表1 エンドポイントごとの検討結果
エンドポイントごとの検討結果

姫野

「証拠が不十分」とあると「結局、影響はないと判断したということか?」と聞かれたりするのですが、そうではありません。多くのエンドポイントは、PFASとの関連は否定できないものの、指標値を決められるほど試験研究が充実し結果が一致している、というわけではなかった。指標値を決めるために十分な証拠があるかどうかというと、不十分と判断せざるを得ませんでした。しかし、生殖・発生の動物試験、具体的には動物試験で得られた「出生児への影響」だけは、「証拠の確かさが強い」と判断され、ここから指標値を算出し、PFASのうち、PFOSとPFOAについて耐容一日摂取量(TDI)と決定しました。

表2 決められた耐容一日摂取量(TDI)
決められた耐容一日摂取量(TDI)

発がん性についても真摯な議論

松永

パブリックコメントの中では、TDIが高すぎる、という意見が多かったのですが、WGは科学に誠実に、この数値に決めた、ということですね。もう一つ、多くの方が、評価における発がん性の判断が引っかかったようです。パブリックコメントでも、「国際がん研究機関(IARC)が発がん性がある、と判断したのに、証拠は限定的とか不十分とか、おかしいではないか」という趣旨の意見が多数きました。

姫野

ヒトでの発がん性に関しては、食品安全委員会とIARCでほぼ同様に、証拠についてPFOAは限定的で、PFOSは不十分と判断しています。一方で、動物試験の解釈や発がん性のメカニズムの検討において、WGは2023年のIARCの判断には同意しかねる、ということになりました。

松永

WGの第6回会合で、IARCの評価について議論が行われましたね。IARCの分類に賛同しないという趣旨の意見が複数の方から出ています。WGの先生方もそれぞれ、国際的に知られる専門家ですし、IARCでほかの物質の評価に携わっている人もいる。日本の専門家たちが真摯に検討し、プライドを持ってきっちり見解を示した、と私は受け止めています。

姫野

そもそも、IARCとは評価の性質も違います。IARCの判断については評価書やパブリックコメント回答などでも詳しく説明していますので、そちらも読んでもらいたいです。

汚染地域のデータを用いなかった理由は…

松永

リスクの大きさは、その物質の危害の性質と、摂取量の両方から決まりますので、摂取量も非常に重要です。WGは、平均的な日本人のPFOS、PFOA摂取量はTDIより低い状況にある、と推定しています。それに、PFOS、PFOAは禁止されてから年数が経っていて、以前より摂取量が低下してきているようです。一方で、環境中に残り水や食品を汚染しているのも事実なので、高濃度汚染地域があることが次第に明らかになってきました。パブリックコメントでも、住民の健康影響を心配する意見が寄せられました。

姫野

私自身も、WGが始まった時はこれほど、思わぬ汚染源や汚染地域が明らかになってくる、とは思っていませんでした。調査が必要です。

松永

一部地域で今、続々と血液検査が行われています。こうしたデータが評価に取り入れられていない、という批判があります。

姫野

評価は、第三者の査読を受け信頼性が担保された学術論文や、公的な報告書のデータを基に行いました。論文になっていない血液検査の結果などは使えないので、早く論文にしていただきたいです。ただ、血中濃度のデータだけでは、評価に用いることができない、ということも理解してほしいと思います。

松永

どういうことですか? 全国で住民の血液検査をして対策を、という意見も強いようですが。

血中濃度検査と共に行うべき調査がある

姫野

血中濃度検査では、その時にPFASが血液中にどれくらいあるか、ということしかわかりません。ヒトがPFASを食事や水などから摂取した後、さまざまな臓器への分布、代謝や排出などを経て、血液中にもPFASが一定量ある、という状態です。つまり、血中濃度は摂取した量や時期、代謝の個人差などの様々な要素を反映したものであり、健康影響そのものではありません。PFASの健康影響を検討するには、PFASの摂取量と、血中濃度、健康調査、という3点セットが必要です。われわれは血中濃度を軽視しているわけではなく、評価書でも海外の論文に記載された血中濃度を記載しています。ところが残念なことに、国内では健康影響と血中濃度の両方を調べた研究は、北海道スタディを除いてほとんどないのです。今回の評価書では北海道スタディの結果はすべて詳細に紹介しました。

松永

住民には食品や飲み水のPFAS含有量はわからないので、血液検査で手っ取り早く調べてもらいたい、というのは当然の気持ちなのですが。

姫野

長期のフォローアップも重要です。とくにがんは、今日摂取して明日発症する、というものではなく、10年後、20年後に影響が見えてくるものだからです。しっかりとした調査計画をたて、目的や対象者、実施方法、長期的なフォローアップ体制まで検討したうえで、血中濃度を測ることが、適切な対策につながると考えています。

松永

日本の食品安全は「リスクアナリシス」という仕組みで動いています。食品安全委員会が「リスク評価」を担い、厚生労働省や農林水産省、環境省などの「リスク管理」機関が、現状を調べたり基準値を設けたりするなどの対策を講じます。食品安全委員会自体は調査を主体となって担う部門は持っていませんので、しっかりしたデータ・情報がほしい、というのは、姫野座長やWGの先生方だけでなく、食品安全委員会としての願いでもあります。

姫野

はい、国内データは著しく不足しています。評価書P242で、リスク管理の要望としてつぎのような文言を入れています。

表3 評価書p242  今後の課題(リスク管理)

我が国においては、PFASばく露が懸念される地域の住民における血中濃度の分布、高ばく露者の把握等の必要性も含め、今後のリスク管理の方策や対応の優先度等について検討することは重要と考える。国や自治体等が、血中PFAS濃度測定を実施する場合は、その目的や対象者、実施方法、フォローアップの方法等について慎重に検討する必要がある。

モニタリングが必要だ

姫野

個人的に長年、「ヒトを対象としたバイオモニタリングがとても重要なのに、日本ではちゃんと行われていない。なんとかすべきだ」と考えてきました。水俣病が起こった初期に不知火海全域の住民の健康調査をきちんとやっておけば、それから60年も70年もたっていまだに裁判が続くようなことはなかっただろうと思います。私は、2011年から23年まで日本学術会議連携会員でしたが、日本学術会議としてヒューマンバイオモニタリングに関するシンポジウムhttps://www.scj.go.jp/ja/event/2020/282-s-0116.html別ウインドウで外部サイトが開きますを企画したほどです。ヒューマンバイオモニタリングというのは、集団を対象に定期的に血液や尿などの検査を行い、体内の化学物質量やその変化を把握してゆくものです。米国には、NHANESと呼ばれるプログラムがあります。2年に1回、約5000人を対象に300あまりの化学物質が測定され、PFASも入っています。これにより、その時々の摂取の状況だけでなく、環境対策を講じた後の減衰、つまり行政の対策の効果もわかります。ほとんどの先進国が実施しており、日本でもこうした大規模な調査とデータの公開が必要です。

松永

世界でも国により、PFASの健康影響は解釈が分かれている。そのうえ、日本のデータがとにかく不足している。姫野座長は、記者ブリーフィング等で「100点満点の評価ではない」という発言をされましたが、データの不十分さ故に不確実性が高く、強靭な評価には至らなかった、ということでしょうか。

姫野

ヒトの健康影響の評価は、がんの検討など長い時間がかかります。今後の研究がとても大事です。新しい知見が集積したら、当然新たな評価が求められると思います。摂取のレベルが高い地域を含めた調査研究には、法的なバックアップと予算のバックアップが必要、と個人的に考えています。法的なバックアップというのは基準値設定など。暫定目標値では法的拘束力が弱いと思います。基準値が設定されると「基準を超過していないか、全国でしっかり調べる」という責務が国に課されます。また、調査研究には多額の費用がかかるので、国の予算措置も必要です。国家百年の大計を期待したいです。

食品安全委員会の独立性が重要だった

松永

姫野座長は、ほぼすべての論文に目を通し、専門家の意見をまとめられました。かなりの時間を費やされたはず、ですね。

姫野

私は定年退職後だったのでまだよかったのですが、現役の委員の先生たちはとても大変だったと思います。

日本の行政の縦割りがよく批判されますが、今回の作業の感想の一つとして、縦割りにもよいところもあるな、と思いました。つまり、食品安全委員会は、ほかのリスク管理を担う省庁から完全に独立していて、WGはひたすら科学に誠実にリスク評価することができました。私は、PFASの前に、汚染物質等専門調査会座長としてカドミウムの再評価も行ったのですが、この2つの評価活動を通じて私が自分に課していたのは、社会的関心が高いか低いかにかかわらず、科学的知見の評価をきちんとかつ冷静にやるべき、ということで、その努力はしてきたと思っています。

松永

ありがとうございました。その時点で限られたデータを基に最善の努力で評価を行い、規制や調査の前進を促す。個人的には、レギュラトリーサイエンスの一つの形を、今回の評価を通じて見せていただいたように感じています。評価書の内容を多くの方に理解してもらい、今後の適切な調査につなげるためにも、リスクコミュニケーションを続けなければいけないと思っています。

評価書等の資料