SBF塾での学びから、
思いだした子供のころの私を記していきます
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勉強せずとも、
暗くなるまで外で遊びほうけていても、
注意をすることはあっても、
声を荒げて怒ることはなかった母
確か、引っ越してすぐ 私が小学3年生のころ、
翌年には中学生になる 姉が いかに一緒に遊んでくれなくなった かを、
グジグジとした態度で母親に告げ愚痴したことがあった
徒歩15分ほどにある祖母の家へお総菜をもらいに行くときだった
母は、後追いしている子どもの自転車を振り返らずに歩いていた
祖母の家に着いてからも、私は拗ねていた
いま考えれば、
朝5時前に起き、家業の店で仕事をし、一旦家に帰って子どもたちを学校に行かせてから、夕方まで店で仕事をした後、できるだけ早く帰り買い物や夕食の準備をすすめる中で 次女のグジグジ の相手
疲れて怒る気力もなく、
母は呆れてしまっていたのかも知れない
寂しさをぶつける娘に、
自分でなにかを見つけさせようとスルーしていた とも思える
拗ね で私が得たことは、
姉に促す母 と 姉とケンカしながら遊ぶ時間 だった
そのことと引き替えに、私は自ら 姉に聞いてみる 機会を失くしていた
拗ねた小3の私が 失くしたこと に続きます