RESEARCH WORK♯6 | EAT THE MUSIC.

EAT THE MUSIC.

とにかくそれが音楽と思しきモノなら
何でも聴いちゃう節操なき超雑食系男子が
日々どのような音楽を「喰らって」生きてるかの
しょうもない雑記です。
共に喰い散らかして頂けたら幸いです。

久しぶりにリサーチワークを。サンプルは藤本美貴の名盤。

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藤本美貴"MIKI(1)"

ここ数日、何故か藤本美貴のアルバムを良く聴いてます。
ミキティ最初で最後のソロアルバム。リリースは'03年。

松浦亜弥に続くハロプロ発ソロアイドルとして前年春にデビュー、順当に大躍進し、中々に濃度の濃い丸一年の成果をマルッとコンパイルした一枚。

モーニング娘。加入と言う事件には、当時の大多数のモーヲタに漏れずオレとしても憤慨。
ピンのアイドルとしてこれだけ確立したモノを持った子が、なんでわざわざ既存の束モノアイドルに?
人気メンバーが次々卒業し過渡期真っ只中だった当時のモー娘。的にも、絵面のバランスの悪さが個人的に気持ち悪かったです。
更には、セールス及び世間一般からの関心の度合いも緩やかな下降線を描いていたこの時期の、その沈みかけた泥舟を支える役割りを一方的に背負わされたミキティが、不憫で不憫で。

その為、ソロ活動復活、そして"MIKI(2)"の発売を心から待ち望み続けていました。

まあ、今となっては、藤本加入後も全盛期からの主要メンバーの卒業は続き、寧ろ藤本美貴に合わせたシフトに変化して行く過程を振り返るに、これで良かったとも思う。

結局、泥舟も沈まなかったしね。

ソロアイドルとしてもさほど伸びしろは無かったかも知れないし、寧ろ、藤本自身のタレント生命の延命になったのかも。

更に言うと、彼女の持つ何とも負けん気が強く底意地悪そうな、それでいて世渡りの上手そうな、総じて根性の汚そうなパーソナリティはグループ内への刺激となって、仲良しこよしによるグループとしてのマンネリ化・小粒化を回避させた功績も多少あるかも知れない。
石川梨華や高橋愛、田中れいななど、全盛期とはまた違う何とも磁場の違うメンバー同士のぶつかり合いはなかなかにドラマティックだったし。
束モノ系グループには個々の闘争心は不可欠よ。

ミキティの結婚式に出席しなかったなっち、今も記憶に新しい。

まあ、何れにしても今となっては全部どうだって良い話よ。何もかも。

で、ただ前述した通り、歌って踊れるピンアイドルとしても完成されていて、聴き応えバッチリなのが本アルバム。

グループ加入以降もボーカリストとして微妙な成長はあるものの、「藤本美貴の世界」としてはもう、これで十分過ぎるぐらい確立されたモノがある。

以前に、後藤真希と松浦亜弥と言うハロプロが生んだ2大モンスターを、オレのクソみたいな分析で取り上げましたケド、
ごまっとうの1/3最後・ミキティ、彼女の魅力を一言で言えば、実はかなり「普通の女の子」してる所じゃないでしょうか。

先に挙げた2人に比較するまでもなく、確固たる世界観やブランドがある訳でもなく、アイドルとしての天才的な何かがある訳でもないと思う。
そもそもソロとしての活動期間が極端に短い訳だから、比較材料にもならないんだケド。
ただ、所謂明菜や聖子的なプロフェッショナル感、隅々までディレクションが行き届いた鉄壁の世界観。それはハマれば感動さえするものの、得てしてそうではない門外漢からすれば鼻白む程息苦しいモノ。
つまり、完成されたモノだからこそのツッコミ所の多さ?

で、このミキティ。アイドルとしては何ともカジュアルな打ち出し。仰々しさと言うようなモノをさほど感じさせない。
その代わりにわかに「やらされてる感」が臭う。
ただ、歌い手と楽曲の微妙な食い合わせの悪さ、と言うワンクッションが、却って妙に風通しの良さを感じさせてくれる。

だからこそ、何を歌わせても何を着させても、ビックリするぐらい似合うコトもない代わりに、意外と何でもナチュラルに形にしちゃう。
そうゆう器用さ、天才じゃないからこそ何にでもハマれる万能さ。そこがミキティの武器なんじゃないでしょうか、と言うのがオレの分析。

だからこそ、取るに足らない胸キュンソング"ロマンティック 浮かれモード"にしろ、湿っぽい失恋ソング"ボーイフレンド"にしろ、普通~の今時な女の子の素朴な心理描写のように聴こえて来る。

歌詞だけを抜き取れば、藤本美貴のオラオラ系なキャラクターを思うに、いやいや、こんな穏当な着地じゃダメでしょう~と言うクレームもなくはないんだケド、
そのアイドルらしからぬドスの効いたLOWな声質も含め、その微妙な似合わなさ、不釣合い具合、そこから臭うやらされてる感、で、更にそこから臭い立つ妙味?そこにこそ萌えたい。

で、結局可愛いし、結局抜群に歌えてるしで、何となく納得させられてしまう。
楽曲の世界にのめり込む一歩前で、普通の女の子が普通よりちょっと上の歌唱力で、完成された楽曲を可愛いらしい衣装で踊る姿は、アイドルの在り方の一つとしてけして否定し得ないモノでしょう。

で、当時からトークも達者だったミキティは持ち前のヤンキー気質で、たとえ相手がタモリであろうが、あのちょっと人を食ったような喋り方を徹底。
そこも、すごく普通の女の子っぽいんだよね。
これに比べると、松浦は明らかにやり過ぎよ。
で、そっからチラつく「あたし、世間からツッコまれたり嘲笑されたりするようなコトをあえてやってるって言う自覚はちゃんとあるんですよー」的な、
「寧ろ、そこに対して意識的なんですよー」「だから緩急も自在よー」「オトナでしょー」的な自意識。
その「あたし、わかってるでしょ」感?

松田聖子=松浦、中森明菜=後藤と言う比較分析は、色んな所で散見されるモノだと思うんだケド、
だとしたらキョンキョンは間違いなく藤本でしょう。

この、ちょっとだけイラッと来る感じ。天才に勝つには大事な要素です。

で、本作中、彼女の普通っぽさを活かした"駅前の大ハプニング"、"銀色の永遠"辺りがアルバムのハイライト。

ストロベリースウィッチブレイドのような、80'sっぽいチープなシンセから始まる軽快な前者は、駅前でのちょっとした出来事を可愛いらしく歌った、身も蓋もない歌詞のストーリーラインがキュート極まりない一曲。
四畳半フォークならぬ、ご近所内ポップス。
この取るに足らなさを伸びやかなボーカルで臆面もなく歌っていて、やはり良いボーカリストだと再認識。
「やらされてる感」と「ガチ」のバランスが絶妙。

後者は、ごまっとうに続いてAKIRAアレンジによる地味ながらも味わい深いスタイリッシュなR&B歌謡。
彼女の地響きのように野太いボーカルは、ハロプロ史上でもダンスミュージックとのマッチングの良さは抜群。

この乗りこなし具合に、是非ちょっとだけイラッとして下さい。










*関連記事

松浦亜弥編
後藤真希編

ヒマ過ぎて死にそうな時にでも、どうぞ。