皆さま

 

陰陽道に関する連載記事が好評のようなので、さらに深掘りしていきたいと思います。今回は、裏陰陽師についてまとめてみたいと思います。

 

よろしくお付き合いくださいませ。

 

 

日本の陰陽道の歴史

まず、陰陽道の歴史について押さえておきましょう。陰陽道は、日本の伝統的な宗教や思想体系の一つであり、中国の陰陽五行思想を基にして発展しました。以下に日本の陰陽道の概略を示します。

 

陰陽道の起源と発展⇒古代中国の陰陽思想が日本に伝わり、それが独自の発展を遂げて陰陽道として定着しました。陰陽道は、宗教的、占い術、政治的な側面を含み、天文学、風水術、占星術、呪術などの要素を組み合わせていました。

宮廷陰陽師⇒平安時代には、陰陽師が宮廷で重要な役割を果たしました。彼らは天文観測や風水術を用いて天候や吉凶を予測し、国家の安定や皇室の安寧を守るための儀式や呪術を行いました。宮廷内での陰陽師の地位は高く、政治的影響力も持っていました。この時代のイメージが、マスメディアによって広められ定着しています(実像とは全く違う)。

武士と陰陽道⇒中世から近世にかけて、陰陽道は武士や庶民の間でも広まりました。武士たちは風水術や占い術を利用して戦略を立て、陰陽師は政治的な顧問としての役割も果たしました。また、陰陽道は忍者や秘密結社の活動とも結びつき、戦国時代や江戸時代初期には諜報活動や軍事顧問、兵術的なアドバイスを提供しました。

現代への影響⇒1870年に発せられた天社禁止令は、明治政府による陰陽寮廃止政策の一環として出されたもので、同布告により公的に認証を受けた職業としての陰陽師はその存在を禁止されることになりました。近代化とともに陰陽道の影響力は低下しましたが、その一部は現代に受け継がれています。風水や占術としての陰陽道は現代でも一定の人気を保ち、日本の伝統文化や芸術にも影響を与えています。

 

なので、陰陽師といっても、今は資格も免許もなくて、公式には存在しません。その割には「現代の陰陽師」を名乗る人たちもいたりして、なぜかにぎやかですね。


陰陽師と諜報活動、インテリジェンス組織

過去記事で触れた内容と重なりますが、中世から近世における諜報活動(忍者や秘密結社)には、様々な側面があります。以下にその具体的な活動をいくつか挙げてみます。

1.諜報活動……忍者は情報収集や諜報活動を行うことが主な任務でした。彼らは敵対勢力や敵将の動向を監視し、重要な情報を収集して報告しました。また、敵地に潜入して情報を窃取することもありました。

2.暗殺……忍者は時には敵の要人や重要な人物を暗殺する任務を受けることもありました。毒や暗殺道具を用いて、敵対勢力の指導者や重要な人間を排除することがありました。

3.間者……忍者は時には敵対勢力に潜入して、内部から情報を収集したり、混乱を引き起こしたりする任務も担いました。彼らは信頼を勝ち取りながら、敵対勢力の内情を探ることがありました。

4.防衛工作……忍者は城や要塞の防衛工作にも従事しました。彼らは敵の侵入を阻止するための罠や仕掛けを設置し、城や拠点の防衛を補助しました。

5.諜報技術の開発……忍者は秘密の通信方法や暗号技術、隠密術などを開発し、それらを活用して情報を安全に伝達したり、敵の監視を逃れたりする技術を磨きました。

これらの活動は、忍者や秘密結社が時代背景や任務に応じて行ってきたものであり、彼らの存在や活動は時には武士や政府によって支援されることもありましたが、一方で彼らはしばしば非合法な活動や暗殺なども行ったことが知られています。

では、なぜ諜報活動、情報活動と陰陽道が関係するのでしょうか?一見すると別のような気もしますが、この点を詳しく解説しておきましょう。

まず、陰陽師や陰陽術を修めた者は、天文学や風水などの知識を持ち、それを利用して情報収集や予測を行うことができました。忍者は情報収集や諜報活動を行う際に、陰陽師から天文学や風水術の知識を得て、その技術を応用することがありました。例えば、陰陽師の予測に基づいて敵の動向を予測し、その情報を忍者が収集することがありました。

第2に、陰陽道は、呪術や秘密結社と密接に関連していました。陰陽師は呪術や儀式によって不吉な力を払拭し、吉凶を判断する役割も持っていました。忍者は時には呪術的な方法や陰陽道の知識を利用して、敵を欺いたり、不利な状況から逃れたりする技術を習得していました。

さらに、忍者や秘密結社は、伝統的な技術や知識を秘匿し、秘密裏に継承してきました。陰陽道もその一つであり、忍者たちは陰陽師から秘術や技術を学び、その知識を応用して活動していました。また、陰陽道は占いや呪術といった要素も含んでおり、これらは忍者の活動にも役立つものでした。

陰陽道の中に、こうした側面があることはあまり知られていないことです。

 

道教と陰陽道との関係

 

次に、中国の道教と日本の陰陽道との関係についてはどうでしょうか?

中国の道教と日本の陰陽道は、密接な関係を持っています。陰陽道は、中国の道教思想や儀礼、呪術などを基にして発展しました。以下にその関係を具体的に見てみましょう。

思想の影響……陰陽道は、中国の古代から中世にかけての道教思想に深く根ざしています。陰陽道は、陰陽五行説や易経などの古代中国の哲学的思想を取り入れており、天地や自然界のバランスを重視する道教の考え方が反映されています。

神仙思想と霊的な側面……道教には神仙思想があり、人間が霊的な修行を通じて不老不死や神通力を得ることができるとされています。陰陽道もこの神仙思想に影響を受け、霊的な力や不可視の世界に関する信念が含まれています。

儀式や呪術……道教には儀式や呪術が重要な要素として含まれており、陰陽道もこれらを取り入れています。陰陽師は儀式や呪術によって不吉な力を払拭し、吉凶を判断する役割を果たしました。

修行法と体系化……道教の修行法や体系が陰陽道の発展に影響を与えました。陰陽道は道教の修行法や儀式を基にして発展し、陰陽師はこれらの技術を修めることで霊的な力や知識を獲得しました。

以上のように、中国の道教は日本の陰陽道の発展に大きな影響を与えました。両者は密接に結びつきながら、日本の独自の文化や信仰体系にも適応し、発展していきました。

 

ここで、渡来系氏族の秦氏と陰陽道との関係についても少し触れておきます。

陰陽道は主に中国から伝わった思想や技術であり、秦氏がそれを直接的に伝えたというような史料は見当たりません。しかし、渡来系氏族は中国や朝鮮半島との交流が深く、異文化や技術の伝播に一定の役割を果たしていました。そのため、秦氏が陰陽道に関わっていた可能性は否定できません。

また、陰陽道は古代から中世にかけて宮廷や貴族社会で重要視され、権力者や知識人の間で広く学ばれていました。したがって、秦氏やその関係者が陰陽道の知識や技術に触れた可能性は高いと考えられます。

表向きは明治以降消滅した陰陽道ですが、今も陰陽道宗家は存在します。

 

 

ただし、後継者は?というと危機的な状況にあるという報道もされています。

 

 

そういうわけで、表向きには陰陽道宗家も存亡の危機にあるように思われます。ますます表の存在は影が薄くなっているようです。

 

 

裏陰陽師

 

私たちは陰陽道と直接の関係はありませんが、神道、それも神祇信仰の時代から継承されている原始神道の流れをくむ流派なので、少なからず陰陽道に関する知識・実践体系も身につけています。

 

私たちが知っている範囲内で陰陽道や陰陽師について補足しておきます。

 

日本の陰陽師の直系は?といえば安倍家が有名です。その後、土御門家から繋がる家系になっています。

 

しかし、今は土御門との直接的な関係はなくなっています。

 

以前、陰陽師と名のってマスコミにも出ていた人がいたようですけど、陰陽師の子孫でもないし、陰陽方術など知らないそうです。

 

独学で作り出し、陰陽師と名乗って活動していた、あるいは今も陰陽師を騙って活動している人は大勢いると聞いています。

 

直系はフルネームを変えてしまったか、部外者からは分からないように秘匿されているのです。それに直系の家族内でも、妻であろうが、夫であろうが、子供や孫にも正体を教えません。

 

もし、秘密を漏らせば命だけでなく子々孫々根絶やしにされると言い伝えられているからです。とても掟が厳しいです。

 

ということは、むしろ表に出ない人物、私たちが秘密結社系陰陽師と呼んでいる人々が「本物」なのでしょう。

 

それと、もう一つ見落としてはならないポイントを記しておきます。

 

一応、「霊的考古学」関係の記事に埋め込んでいる話ですが、徐福は彼の血縁者を何人か日本につれて出雲地方に渡来しています。でも、三千人渡来とかは話を盛りすぎています。

 

その後、秦の直系の者も日本に来たようです。九州に渡来しています。日本にあったという秦王国との関係もあります。

 

紀元前3世紀の時点で陰陽道が成立するための土壌は出雲地方と北部九州には形成されていました。それは縄文時代からの精霊信仰(アニミズム)と初期道教が習合したモノでした。

 

秦の時代の祭祀には以下のような特徴があります。

 

1.陰陽五行説……紀元前3世紀には初期の理論が確立されていた。

 

2.神仙思想……紀元前3世紀には確立されていた。

 

3.犠牲祭祀……神への捧げ物として、人や動物の犠牲祭祀を行っていた。(殷王朝の頃から行われていた)

 

4.霊媒の存在……特に重要な祭祀は、祖先崇拝に関すること。祖先の霊を冥界から呼び出し「霊おろし」(口寄せ)を行う。天(神)を崇めること以上に先祖との繋がりが重んじられた。それを媒介するのが霊媒による祭祀。

 

秦の時代の宗教を考慮に入れると、出雲族の犠牲祭祀との関係が出てきます。縄文人が犠牲祭祀をしていたとは考えにくいです。

 

こういった要素が日本にも取り込まれていって陰陽道へと発展していったというのが、私たちの見立てです。

 

表に出ている陰陽師の場合、こうした歴史的な経緯などは知らないし、どの部族とのコネクションがあるとか基本的な知識もないので、自己流でそれっぽいことをやっています。

 

他方で、過去記事で述べているように、最近はセミナー講師として活動している人々もいます。これは潜伏しているわけではないので、チョイ出し陰陽師とでも呼べるような存在です。

 

これとは全く別に秘密結社系陰陽師が、日本の歴史に深く関わってきたといえるのです。彼らは表には出てきませんが、これが本物です。その先祖は日本人だけではありません。先祖代々伝わっている知識&実践体系があって、これを学び、力をつけたそうです。

 

本物には資格はありません。持っていたら身元がばれてしまうからです。それに名前だけで分からないようにしています。呪術に関する知識は選ばれた者にしか継承されていないし、門外不出とされていますから、いくら検索しても確かな情報など出てきません。

 

家系については、男性の家系=父系で辿るのではなく、母系を辿らないと本物が誰だかは分からないようになっています。

 

日本の歴史はすり替えられていますし、裏陰陽師が活動してきた歴史の痕跡も史料に残らないように消されているのです。

 

こうした裏の事情を知る立場にない限り、おそらく陰陽道を巡る憶測はこれからも絶えないでしょうし、誇張された話や歪曲された話ばかりが出回ることになるでしょう。その方が、逆に裏陰陽師が活動する上で好都合なのは言うまでもありません。

 

最近は超人願望というか、呪術的なものに惹かれる人がいるようですけど、その実は尋常な人お断りの世界ですし、資質・能力の問題もありますし、奥義に触れることはとても難しいのです。

 

あまり深入りしない方がいいと思います。

 

(不定期に続く)

 

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