皆さま
安倍晴明と蘆屋道満(あしやどうまん)……。
正義のヒーローVs.ダークヒーローという構図は中世の説話集にはじまり、江戸時代になると浄瑠璃・歌舞伎などの題材にも使われるようになりました。
今では映画、アニメ、ゲーム、ライトノベルにも登場するキャラクターになっています。でも、デフォルメしすぎていて実像を反映しているようには見えません。
「安倍晴明 vs 蘆屋道満」:伝承と実像のギャップに迫る
蘆屋道満については、それに対応する人物がいたようですが、物語に出てくるような悪役イメージとはかけ離れています。
陰陽師をテーマにした読み物や映像作品がメディアを通じて世間の興味をそそっています。
けれども、私たち一族の立ち位置から見れば、式神飛ばしや百鬼夜行封じ、セーマン/ドーマンのシンボルを用いた魔よけは遠い昔のことではありません。
蘆屋道満の象徴:セーマンとドーマンの謎
仮に賀茂、安倍の両家が正統派陰陽家だとしても、それ以外の系統の陰陽師、在野の民間陰陽道の存在も無視できないでしょう。

公務員だった中央の陰陽師は保護されていましたが、「下級陰陽師」という在野の民間陰陽師はそういう生活の保障も何もなかったわけで、方角や暦の吉凶、占い、加持祈祷を使って人心をつかんでいったのです。
・こっくりさん
・方位、家相判断
・九星占い
・字画姓名判断
これらはみな陰陽道の大衆化によってもたらされた霊性文化です。
とはいえ、昔は出自さえも隠さなければいけないほど過酷な部分もあったと聞いています。<目に見えない存在>と交信し、霊的な仕事をすること自体が卑しいことだと考えられていた時代もあったのです。
陰陽道自体、明治維新にともなって廃絶されたことで公式には消滅しましたし、陰陽師も失業しました。
ただ、中央政府からの統制が十分に機能しなかった地方では、古来からの伝統に沿った陰陽道関連の民間信仰が細々と生き残っていますし、昔から地方で活動してきた陰陽師の系統もあります。
戦国時代の軍略と陰陽道:武田信玄も活用した知略の秘密
中央政府の陰陽師は、天体観測や暦の管理が主な仕事でしたが、地方にいた陰陽師は占い、呪術、兵法に長けている人も多くいました。
戦の時には、軍師として大名の軍勢を動かす参謀の役割を担っていたのです。
なぜ戦争と陰陽道が関係してくるかというと、これは孫子の兵法に行き着きます。
孫子によれば、軍事は国家の命運を決する重大事なので、軍の死生を分ける戦場や、国家の存亡を分ける進路の選択には深い思慮が必要だと考えます。
そこで、死生の地や存亡の道を考えるために五つの基本事項を用い、さらにどこが死生の地でどれが存亡の道かを明らかにするため、自軍と敵軍の優劣を比較・計量する基準を使って作戦を練るのです。
道 - 為政者と民とが一致団結するような政治や教化のあり方
天 - 天候などの自然
地 - 地形
将 - 戦争指導者の力量
法 - 軍の制度・軍規
この孫子の思想は、陰陽五行説を軍事に応用したものです。陰陽五行説では、陰と陽、木・火・土・金・水の五つの要素がバランスを取りながら存在すると考えられています。孫子の兵法も同様に、敵と自軍、攻撃と防御、速さと遅さなどの対立する要素をバランス良く調和させることが重要視されています。
日本の戦国大名の中でも武田信玄は孫子の思想をベースに戦略を立てたことで知られています。
このように、陰陽道が軍事や兵法、さらには国家戦略に果たした役割はあまり知られていないのですが、これは重要な役割でもあったのです。
単純に呪術を駆使して、やり合っていたというのではなくて、深謀遠慮を巡らし、知略計略に長けているのが陰陽師の姿なのです。
現存する陰陽師:現代に受け継がれる伝統と新しい挑戦
ここで現代の陰陽師に関する興味深い情報源を紹介しておきます。
飯塚まり・佐藤豪・中川吉晴 2019 播磨陰陽師のインタビューノート:個人、社会、地球環境までを含めたウェルビーイング考察の参考として トランスパーソナル心理学/ 精神医学,18,Pp.1-10.
この論文に、現代の陰陽師に関する記述があるので、簡単にまとめておきます。
1.現存する陰陽師は何人いる?:(2017年インタビュー当時)陰陽師は、まだ40 ~ 50人残っている。活動している人は10人くらいしかいない。日本各地でセミナー講師をしている。
2.陰陽師には家系上なるのか?:陰陽師にはランクがある。上層部があって、それは血筋がないと無理。霊能力があるなど厳しい条件があって、上の方は10人くらいしかいない。下のランクで、血筋関係なく勉強して「陰陽師」を名乗っている人は山ほどいる。
3.一族の中で選ばれる:一族の中で、霊能力のあるものが一人、陰陽師になるように選ばれる。その霊能力は、生まれつきのもので「おしるし」がある。15歳くらいになるまでに、一般の霊能者が体験するすべての物事を体験しなければならない。幽霊を見たり、連れて行かれたり、神隠しにあったり、猫がついてきたり、自然に起こる出来事。※「猫がついてくる」というのは、自然に動物たちが集まってきて懐くという出来事
4.陰陽師の3つの柱:鏡と刀と勾玉の3つの柱。鏡は神事、礼儀作法や儀礼を勉強し、古事記や日本書紀を読む。刀とは武術をやったり、孫子の兵法を読んだり戦争系の勉強。勾玉とは、幽霊は何とか狐憑きは何か、霊術の学び。夢判断は霊術に入る。
他にも健康やヒーリング、集合的意識の使い方など色々と語られています。
四国陰陽道といざなぎ流:知られざる民間信仰の実態
大筋としてはとてもよく納得できる内容で、同意できる部分も多いのですが、四国陰陽道についてのくだりは少し違うと思った点があります。
四国にも陰陽道があり、いくつか流派があるんですが、今どき呪いとかやっているのは四国のいざなぎ流の人たちだけです。彼らは今でも昔っぽい服装で、昔っぽくやっていますよ。
我々は、祖母の代、60年ぐらい前はやっていましたが、もう止めました。呪いは、仕事なので、自分には来ないようにちゃんとやるわけですが、命あっての物種なので。引き受けている人はいるんですよ。だいたい40歳くらいで死にますけど。何人かの知り合いが死にました。僕はもうちょっと長生きがしたいのでやりません。そして、それとは別に「陰陽師」を名乗っている方はどんどん増えています。(P.3)
四国陰陽道というのは確かに存在します。いくつか流派もあります。
いざなぎ流は高知県香美市に伝わっている多宗教習合の民間信仰(神道、密教、修験道、および道教)で、先祖祭祀、病人祈祷、家祈祷、氏神祭祀など生活密着型の宗教儀礼を司る「太夫」とよばれる巫師が伝統的な儀礼を行ってきました。
師弟制になっていて、師匠から弟子に祭祀の手順を伝授する形式をとっています。これについては民俗学などの研究者による文献もあります。
この点について少し解説を加えておきます。
岡野玲子・夢枕獏・小松和彦・冨樫倫太郎(2000)「異界 陰陽道」(徳間書店)
この本には、式神使い、呪詛返し、物忌み、祓い、鬼門封じ、方違えなどの定番呪術に関する内容が含まれています。そのインタビューの中で、ある長老格の太夫がこのような発言をしています。
「恐い?呪いの村などという言われ方をされたこともありましたからね。確かに『いざなぎ流』は源氏調伏の祈祷が起源だという言い伝えもありますし、昔は生かすも殺すも自由自在、呪い、調伏という側面もあったでしょう。こういう力は悪用すればきりがない…。いわゆる『裏』の働きをする太夫もおったでしょうが、それはあくまでも『裏』のこと。私たちの仕事は,神々に祈りを捧げることなのです。」(P.283)
「『いざなぎ流』と言うと、呪いだの式を打つだのということばかりが、大袈裟に伝えられてしまっていますね。そういうことがまったくなかったとは言いません。でも、本当の意味は、自然を愛し、敬い、先祖を大切にするという気持ちが原点です。(以下略)」(P.286)
これを読めば分かると思いますが、昔はともかく、そうした「裏の仕事」というものを引き受けるようなことはなくなっていると述べています。かなり誇張されて噂だけが広まった結果です。
それに、四国陰陽道も今では関係者も高齢化したり、数も少なくなって、表舞台からは姿を消しているため、昔の話は残っていても今に通じるような存在感はなくなっています。
呪詛(調伏)返しというのは陰陽道に限らず、密教や修験道にもある呪法です。結界を張って外からの邪気・邪念を跳ね返すこともやります。あくまでも防衛的な性質を持った呪法です。
むしろ、厭魅呪詛、呪詛呪術に特化したやり方を使うのは「秘密結社系陰陽師」のやっていることです。他にも神道系、密教系、修験道系などいろいろとあります。
表には出てこないのが、これら秘密結社に関わっている陰陽師です。裏陰陽師とでも呼んでおくことにしましょう。
(続く)
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