あけましておめでとうございます。
本来こういうブログっぽい書き方をするつもりはなかったのですが、
書き始めるとこういうことをしないといけないきもちになってしまいます。不思議なものです。
さて、今日はお正月なので、めでたく、番外編ということで。
ちょうどよい題材がありました。
「小説は、小説そのものを勉強するのではない」と書いてきましたが、
それなら、小説そのものを勉強するとは、どういう感じになるのか?
つい最近、昔のマンガを読みなおして、
「あ、こういう感じじゃない?」
というものに出会いました。
「花もて語れ」 (片山ユキヲ 作)
10年ほど前の作品です。
読んだ人は知っていますが、なんと、朗読マンガです。
当時読んだ時も大変すばらしいと思い、新刊がでるのを待ちわびたものですが。
改めて今回すこし拾い読みして、面白さを再確認しました。
取り上げられているのは芥川龍之介の「トロッコ」など、有名作品・作者のものが多いです。
宮沢賢治の「やまなし」もあります。1~2巻に登場します。
小説の、登場人物の気持ちにも焦点はあたりますが、
それがどう表現されているか、また、小説の技法上の工夫にも光が当ててあります。
太宰治の「黄金風景」には作者に騙されてしまいます。そういう書き方をしてあるのです。
そういう意味では、小説を勉強するとは、たとえば映画を勉強することに置き換えるとわかりやすいかもしれません。
「映画の勉強をしています」といって、登場人物のその場面の気持ちだけ正確に解釈していては、それは内容に入りすぎです。効果音はどうか、カメラアングルはどうか、カットの長さはどうか、俳優の演技はどうか、作られた時代背景はどうか・・・そういうことを総合的に考えることが、「映画の勉強をする」ことになるのだと思います。
それと同じことです。
さて、では、そういうふうに総合的に「小説を勉強」したら、テストの点数がよくなるか?
勘ですが、どうも違うような気がします。それは、上がるとは思いますが、専門的にテスト用の勉強をした方が効率が良いように思います。いろいろな知識が邪魔になってしまうような気がするのです。
今日はお正月なので、かたい話はこれくらいにして。
「花もて語れ」はマンガ作品としても本当におすすめですので(最初は絵柄がほのぼのタッチですが、徐々にアーティスティックになっていきます)、興味を持たれた方はぜひご一読ください。