さて、(1)で書いた、
「 ① 歴史とはなにかということについて、よくある認識をあげてみます。
そしてそれらの認識についてそれぞれ、私なりに納得のいかない理由を書いてみ
ます 」
というのがやっと終わりました。
要約すると、
年表説だと、「なにを大事にして年表にのせるのか、その基準がわからない。ボランティアの行為よりもヒットラーの方がのせる価値があるというのが納得いかない」
教訓説だと、「平家を滅ぼした源氏や、豊臣家を滅ぼした家康のエピソードなどから見ると、反道徳的な教訓を得てしまいそうなところが納得いかない」
ルーツ説だと「現代社会のことを知るのに、本当に平安時代とかまでさかのぼらなければいけないのか納得いかない。また、現代社会のことを知るのに必要なことだけ学んで、必要でないと判断したことは切ってしまっていいということになりかねないということが納得いかない」
となります。
さてここから②に入ります。
「 ② 次に歴史とはなにかについて、
ネット検索した結果をとりあげます 」
「読解力とは何か」のときもそうでしたが、
今回も、自分の頭で勝手に考えて、ある程度の結論になってから、
「あれ? 世間ではどう考えているんだろう」と調べるくせが私にはあります。
今回も、自分なりの答えをある程度だしてから、慌てて検索しました。
ところが、ネット検索すると、意外にも「歴史とはなにか」ということについて、種々雑多な意見がないのです。
あれ? みんな、あんまり「歴史ってなに?」「なんでこんなの覚えなきゃいけないの」とか、疑問に思わないのかな?
一つだけ、真正面から答えたものがありました。
そして、それ一つだけ、といってよさそうでした。
かなり昔の本で、E.H.カーという人の「歴史とはなにか」という本です(岩波新書)。
確か、子どものころ、自宅の本棚に置いてあったな・・・ちょっとめくったが、それっきりだった。今でも通用するんだ・・。
それはさておき、そこにのっていた言葉は、
「歴史は現在と過去の対話である」
と書いてありました・・・・・・・。
なるほど!
全体的に見れば、私の答えと同じでした。ある意味では安心。
そして、別の意味で、半分安心し、半分苦笑。
だって、
「歴史は現在と過去の対話である」では、
言い方はなんかかっこいいけど、ほとんど理解不可能です。
これだけで「おおっ、そうか!」と納得できる人なんていないと思いますよ。
それが苦笑の理由。
そして、安心というのは、「歴史とはなにか」について、カーさんとやらがすごくわかりやすく、私よりわかりやすく説明してくれれば、
「あちゃー。これなら、『この本読んで』で終わっちゃうよ」
になるところでした。
これではわからないだろうから、私が書くことに意味がでてこようというもの。
それが安心の理由です。
私が④で長々と、しかしできるだけわかりやすく書いて、その結論として最後に、
「・・・というわけで、これを一言でいえば、歴史とは現在と過去の対話、という言い方もできると思います」
とつなげれば、きれいにまとまります。
以上で、②はおしまいです。
② の結論としては、
・意外にも、表向きは「歴史とはなにか」について、それほどいろんな意見があるわけではないよう、ということ。
・そんな中で、カーさんという人の昔の説明が今も生きているようだということ。
それが私の考えと矛盾しなさそうであるということ。
以上です。 (続く)