司馬遼太郎「花神」
私の座右の書の1つですが、あまり構えずいつも通りに
書き出しは、
「適塾」
そして、終わりはその主催者緒方洪庵の通夜の場で同門の福沢諭吉との対比。
その通り、上巻の主軸は幕末期における学問。とそれと地続きの技術でした。
主に医術、そのベースとなる蘭学。そして、その担い手。
職人がその探求心や器用さから学者であり技術者のようなものであったとのこと。その象徴がこの上巻の痛快事、宇和島の嘉蔵さんとの蒸気船づくり。
この間村田蔵六こと大村益次郎は、
大阪(適塾)
(この間に岡山へお使い。そこでイネさんと運命的な出会い。このムズキュンを横軸に持って来るのがまた司馬遼太郎の巧い所です)
→山口(家業の村医者を継ぐ)
→宇和島(武士扱いに)
→江戸(幕府機関教授)
→長州藩出仕
世の黒船~攘夷~安政の大獄の嵐が吹き荒れる系外に居た所が、この長州出仕で嵐の中心へと。
中巻へ続く。