こんにちは、ブルーレイ村田です。

今は間接照明に挟まれています。


さて、今回は奈良の歴史についてお話ししたいと思います。


奈良県は昔から漁業の街として、大いに賑わってきました。

かの後長谷川天皇が詠んだ句に、

「まほろばや 鹿幾匹と イカ数多」

とあるように、特にイカがよくとれました。

そのイカ墨は現在でも書道の墨という形で

奈良の名産品となっています。


しかし、そんな奈良に大災害が起こりました。

ご存じ「天務の干害」です。

天務8年の9月に起こった大干ばつで、

日本史上最も大きな災害の一つとされています。


これにより、奈良から海がなくなり、

残ったのは小さな池一つとなってしまいました。

人々はなんとかこの池を守ろうとしました。

ところが、小武蔵忠久という漁師が、

その池にわずかに住む魚をすべて釣りあげてしまいました。怒った奈良県民はこの漁師が一生苦しみを味わうようにと銅で固めてしまいました。


これが現在にも残る奈良の大仏で、

この大仏が見守る池こそが猿沢池なのです。


江戸時代、徳川家沖が奈良を訪れたときの句に

「海枯れて 人の世に消ゆ 猿沢に」

とあります。

これは人の欲望と憐れみを詠んだ句で、

日本100句にも選ばれています。

石碑にも残されておりますので、奈良に

訪れた際はぜひご覧ください。


奈良の歴史に触れたところで今回は終わりにします。