こんにちは!
今日は、学校もバイトもなくぼーっと過ごしてます

僕はつい最近、大学に入ってから4年間くらい抱えていた
もやもやが少しすっきりしました。

このもやもやが、厄介でして
気分の激しい波を繰り返すのです。

ある時は、何でもできる気になって行動的になれるのですが、
ある時は、外に出るだけで、人目が怖くて人にばかにされている気がしてしまうのです。
心の病気ではないと思ってます。


そのもやもやが最近すっきりしたような気がするのです。
なんていうか、心の中に信じるものができたというか、これが自信なんですかね??

その自信ていうのは、自分って変なんだ、と自覚することから始まりました。
小さいころから、人と交わるのは苦手で、内気でした。
そんな自分が悔しくて、人に合わせる方法を一生懸命、いろんなお手本になる人を観察したり
いろんな本を読んだりして学びました。 
実際、しっかり成果はあって、今じゃどんな人とも、人見知りせず気軽に話せます。



でもなんか違うんです。本当の僕じゃなくて、人に合わせてばかりの僕だから
本音で話すこともできないし、なんかもやもやしていたのです。
つまり僕は人に合わせることにばかり気にしてたせいで、人目を気にしすぎるようになってしまったんです。
そう、もやもやの正体は「不安と自信の揺れ動き」なのです。

人目を気にしすぎるという点については、前々から自覚していましたが、克服できませんした。
それが、最近、何かを突き抜けたというか、ある夜ふと考えが変わったんです。

みんなに好かれる必要はなくて、うざいやつ合わないやつなんて
ぶっとばせばいいと思えるようになったんです。
まだまだ行動に表すことはできませんが、心の準備はできました!

日本は協調性が大切な社会なので、あからさまに行動にするのはどうかと思いますが
僕の年齢なら多少無礼でも許されるんじゃないかと思ってます(笑)

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今の社会の若い人たちは、個性を探すのに必死です。
奇抜な服を着たり、奇抜な行動したり、奇抜な発言したりといろんな表現方法を目にします。
でも、その表現方法と個性が一致していない人ってなんだか、ちぐはぐな雰囲気を醸し出しているんですよね。
個性は探すものじゃなくて、生まれた瞬間からしっかりと持っているものだとおもうんです。
自分の心をしっかりと見つめて、考えて、どんなことをしたら自分が楽しいのか悲しいのか
どんなことをされたら楽しいのか悲しいのか、それを突き詰めた末に「個性」が見つかり
確実な自信を得られるのだと思います。
確実な自信がある人は、ほかの人がやらないような普通じゃないことを平気で出来ます。
なぜなら、確実な自信があるから。

ここが大事なところだと思っていて、奇抜な個性の表現方法は、しっかりとした
個性という軸をもとになされるものなんです。
だから、方法から入っても個性は見つかりません。

僕自身、僕の個性というものは明確に自覚していませんが、
僕の考えること思うこと、表現することがなんでも個性だと思います。

なにより大事なのが表現することです。
そうすれば、どこかの国のだれかさんはきっと賛同してくれます
こんだけ人がありふれているんですもの、どこかにいますよ。

そして、一人でも味方がいればいいんです。ほかのやつなんてぶっとばせばいいんです。

そして、いろんな個性を持つ人が集まった先に、真の人間性、というものがあるのだと思います。


僕は、もやもやの克服が、個性の発見になりました。
これからは、どんどん自分を試していこうと思います。