2014年になりました。
年が明けるといつも思うことは、
2000年問題からもうこんなに過ぎたのか
ということです。 もう14年過ぎたんですね。
僕は、年越しに大きな意味をつけていないので、
市川拓司さんの「世界中が雨だったら」という小説を読んでいたら、
新年になっていました。
せっかく読んだので、好きなところを紹介します。(セリフ等は異なってます)
3編からなる短編小説ですが、一番好きなのは本のタイトルと同じ
世界中が雨だったら、という1編。
いじめられっこのある少年は、好きな女の子に逃げてしまえばいいんだと言われ、
少年が世界中が雨なら逃げる場所はないと言います。
でもその女の子は、それなら世界の外に逃げればいいと言うんです。
この部分がとても好きです。
僕らのみている世界がいかに狭いか、
そしてそんな狭い世界にいつづけて、もがき苦しむことに意味があるのか、それなら逃げてしまえ、
ということを伝えたいと僕は感じました。
食べ物も水もない小さな無人島にいたら必死に逃げ出そうとするのに、
愛も友情もない小さな人間集団のなかにいても逃げ出そうとする人は少ないと思います。
この部分には僕もすごく共感しますし、多くの人も共感するでしょう。
しかし僕も含めて、世界の外へ逃げ出すことはとても大変です。
いや、大変と思い込んでるだけなのでしょうが、どうしようもないですよね。
いまいる世界で心を擦り切らしてしまうと、新しい世界に行く気力すら起きません
そして、なんとかがんばって世界を飛び移っても、その行き先でも同じような苦悩があるのでしょう。
それは、似たような世界を飛び移っただけなんですよね。
苦悩の根本を見極め、その原因がいっさい存在しない世界へいかなければいけない。
僕ら人間に必要なことは、教養とか知識ももちろんですが、
物事の根本を見極め、そしてその根本から導かれる「正しさ」を実行することだと思います。
自殺をしてしまう人は、すべてとはもちろん言いません、この根本を見つけることができなかったのでは
ないでしょうか? 見つけたとしても、どうすればいいのかわからなかったのではないでしょうか?
この根本さがしは、見ず知らずの心理カウンセラーになんかできません。
苦悩している人間とともに過ごし、その人を観察することによってしか発見はできません。
適当に相談窓口を設けて、対策したつもりではだめです。
ここらへんで、僕らは真剣に考えなければいけないのではないでしょうか?
日本で増え続ける、自殺者、うつ病、その他精神病、について。
大きな転換期の前には前兆が必ずあると思います、直接的なものか間接的なものかはわかりませんが。
その前兆はもうそろそろ前兆の域を超えてしまうのではないのか。
僕らの周りの大人は、ほぼすべて人が大きなストレスを抱えています。
このままこの前兆を放置してしまうと、日本という社会構造は維持できなくなると思います。
なぜ政治家はこの問題にとりくまないのか。
機密情報なんてどうでもいい、領土問題なんてどうでもいい、オリンピックだってどうでもいい。
足元がふらついてる人が大きなことを成すことはできません。
国だって同じことがいえると思います。
僕はいつか、この問題に取り組みたいと思っています。
年が明けるといつも思うことは、
2000年問題からもうこんなに過ぎたのか
ということです。 もう14年過ぎたんですね。
僕は、年越しに大きな意味をつけていないので、
市川拓司さんの「世界中が雨だったら」という小説を読んでいたら、
新年になっていました。
せっかく読んだので、好きなところを紹介します。(セリフ等は異なってます)
3編からなる短編小説ですが、一番好きなのは本のタイトルと同じ
世界中が雨だったら、という1編。
いじめられっこのある少年は、好きな女の子に逃げてしまえばいいんだと言われ、
少年が世界中が雨なら逃げる場所はないと言います。
でもその女の子は、それなら世界の外に逃げればいいと言うんです。
この部分がとても好きです。
僕らのみている世界がいかに狭いか、
そしてそんな狭い世界にいつづけて、もがき苦しむことに意味があるのか、それなら逃げてしまえ、
ということを伝えたいと僕は感じました。
食べ物も水もない小さな無人島にいたら必死に逃げ出そうとするのに、
愛も友情もない小さな人間集団のなかにいても逃げ出そうとする人は少ないと思います。
この部分には僕もすごく共感しますし、多くの人も共感するでしょう。
しかし僕も含めて、世界の外へ逃げ出すことはとても大変です。
いや、大変と思い込んでるだけなのでしょうが、どうしようもないですよね。
いまいる世界で心を擦り切らしてしまうと、新しい世界に行く気力すら起きません
そして、なんとかがんばって世界を飛び移っても、その行き先でも同じような苦悩があるのでしょう。
それは、似たような世界を飛び移っただけなんですよね。
苦悩の根本を見極め、その原因がいっさい存在しない世界へいかなければいけない。
僕ら人間に必要なことは、教養とか知識ももちろんですが、
物事の根本を見極め、そしてその根本から導かれる「正しさ」を実行することだと思います。
自殺をしてしまう人は、すべてとはもちろん言いません、この根本を見つけることができなかったのでは
ないでしょうか? 見つけたとしても、どうすればいいのかわからなかったのではないでしょうか?
この根本さがしは、見ず知らずの心理カウンセラーになんかできません。
苦悩している人間とともに過ごし、その人を観察することによってしか発見はできません。
適当に相談窓口を設けて、対策したつもりではだめです。
ここらへんで、僕らは真剣に考えなければいけないのではないでしょうか?
日本で増え続ける、自殺者、うつ病、その他精神病、について。
大きな転換期の前には前兆が必ずあると思います、直接的なものか間接的なものかはわかりませんが。
その前兆はもうそろそろ前兆の域を超えてしまうのではないのか。
僕らの周りの大人は、ほぼすべて人が大きなストレスを抱えています。
このままこの前兆を放置してしまうと、日本という社会構造は維持できなくなると思います。
なぜ政治家はこの問題にとりくまないのか。
機密情報なんてどうでもいい、領土問題なんてどうでもいい、オリンピックだってどうでもいい。
足元がふらついてる人が大きなことを成すことはできません。
国だって同じことがいえると思います。
僕はいつか、この問題に取り組みたいと思っています。