進撃の巨人、見てましたか?
僕が好きなシーンは、
ミカサが強盗に反撃する前の葛藤のシーンです。
「そう、世界は残酷だったんだ」的なセリフがあるところです。
世の中は残酷ですよね。 世の中は残酷だと思って、世の中を見れば。
すばらしい成功した人はたいてい努力しているけれど、すばらしい努力をしている人が成功してるわけじゃない。
恋人をすごく愛していたとしても、恋人は平気であなたの悪口をいってほかのやつと寝てることだってある。
まっすぐに信じて上司のために働いていたつもりが、いつのまにか責任をとらされて首ちょんぱ。
小学校から理不尽ないじめを受け、精神障害になったと思いきや、次は社会からの隔離。
もちろん極端な例ばかりです。 世界を残酷だと思って例を挙げたので。
人類は、不平等や差別を歴史とともに少なくしてきた、確実に。
残酷な残忍なことも社会的にはもう認められない。
そして僕らの人間が思う理想的な人間は純粋な人間だと思います。
きれいな心、寛大な心、これを完全に持つことができたなら、とみんな思っている。
しかし、世界は残酷だと思う。
目立つ残酷さや残忍さ不平等、差別は確実に少なくなった。
けど人の尊厳や努力を踏みにじるようなことは平気で行われている。 とても日常的に。
差別なんて、人間の内面からはまったくなくなっていない。
不平等は、実はまた広がり始めている。
そう世界は、昔からなにも変わっていない。ただただ残酷なんだと思います。
人間という動物がもつ残酷さというのは、なくならないんだと思います
大事なのは、理想的な人間になろうとする試みだと思います。
ふとした瞬間に現れる動物としての本能。 これを自覚し、反省し、無意識を支配する努力こそが必要。
その役割は、宗教が担っているのでしょう。
僕は宗教が嫌いです。
なぜなら、絶対的な力(神とかそうゆうもの)の前に原理をつくり、詳細なルールを信者に守らせる。
ルールを守ること守らせるが宗教の本質ではない。 内面にいかに働きかけるかということが大切。
そのルールになんの意味があるのか、そこを理解もせず盲目的に信じることは危険。
それに宗教は長い歴史の中でいろいろとねじ曲がっているだろうし、巧妙な屁理屈もたくさん用意されているのでしょう。 もちろん宗教の原理を学び、考え、想像することには大きな意義があるでしょう。
しかし、見たこともない絶対的な力や歴史の中で加えられた恣意性を含んだものを信じることに守ることに意味があるのか。
確かに、何かを信じるということは人にとても大きな希望や活力を与えると思います。
そして絶対的な存在は、自分に安心感を与えます。
しかしそれならば、自身で人間について学び、考え、他者の考えを受け入れ、想像し、実践することの方がよっぽど真の価値があるとおもう。 用意された原理と屁理屈とルールに従うよりは。
しかし、新興宗教はとても儲かるみたいですね 笑
世の中は残酷で、
お金がないことで不幸になる人はたくさんいますが、お金があることで不幸になる人は少ないのです。
物質的な不安定の中で、精神の安定を保つのは非常に困難だと思います。
そう、だから僕らは必死にお金を稼ごうとする。
でも、お金を稼ごうとする僕らを利用して、お金を稼ごうとする連中もまたたくさんいる。
世の中は残酷ですね。 支配と搾取がよくできている。
おやすみ