バレエ「くるみ割り人形」にまつわる雑学をご紹介するシリーズ第3弾

 

過去2回は、こちらから。

 

 

 

 

 

今回は、「くるみ割り人形」第2幕を彩る、お菓子の国に隠された少しダークな一面をご紹介します。

夢の世界をぶち壊しにする可能性大ですので、「くるみ割り人形」を純粋な眼でご覧になりたい方は、お読みにならない方がいいかも😅

 

本題へ入る前に、「花のワルツ」の動画を貼っておきますので、夢を壊されたくない方は、こちらでご退室くださいませ(笑)

 

 

 

では、改めて、「くるみ割り人形」第2幕の舞台である「お菓子の国」は、一体何を象徴しているのか。

複数の研究者たちが指摘しているのは、バレエの中で、「お菓子の国」は、「ロシア帝国主義」の象徴であるという見方です。

 

カリフォルニア大学のJennifer Fisher教授によれば、少女クララの一夜の夢を描いたこのバレエの随所には、ロシア皇帝と彼の帝国への敬意が表現されているといいます。

これは、1892年の「くるみ割り人形」初演当時、現在のマリインスキー劇場が帝室劇場であったこと、作曲家や振付家たちも「皇帝に仕えている」ことを考慮すると、避けて通れないことでした。

 

直近のウクライナへの軍事侵攻で改めて浮き彫りになったことですが、ロシア帝国の発展は暴力的ともいえる帝国主義と切っても切れない関係があると、プリンストン大学のSimon Morrison教授は指摘しています。

モスクワが帝国の都として発展した背景には、周辺地域から、多くの優れた芸術文化を取り入れた(言葉を変えれば、略奪した)ことがあり、そうした各国からの「貢物」が、「くるみ割り人形」に表現されているというのです。

 

「お菓子の国」では、それぞれの国の特産品を、客人であるクララへ捧げる形で各国の踊りが披露されていきます。

スペインのチョコレート、アラビアのコーヒー、中国のお茶…。

 

↓ボリショイバレエ「くるみ割り人形」より各国の踊り(1980年)

 

 

 

これらは、まるで各国の大使たちが皇帝へ貢物をするかのようであり、更に重要なのは、「それぞれの国」が踊り手たちを含めて、「特産品」という名のもとに商品化(commodification)されていること。

各国の踊りは、周辺諸国から差し出された貢物で彩られたロシア帝国を体現するものであり、時の皇帝アレクサンドル3世を讃える意味も込められていたのです。

 

↓ニューヨーク・シティ・バレエ団の映画版

 

では、各国の踊りにフランスが登場するのは、どうしてでしょうか。

フランスは、絶対王政や帝政のイメージが強く、ロシア帝国へ貢物をする立場には、あまり見えないですよね。

 

実は、作中でフランスが登場するのにも、政治的に重要な意味が。

これは、ロシアとフランスの間で締結された露仏同盟を讃える意味合いがあったというのです。

 

 
それは、「葦笛の踊り」だけではなく、初演時の衣装デザインにも表現されていると、Morrison教授は言います。
例えば、第1幕後半のハイライト、くるみ割り人形とねずみの闘いで、味方の兵士が纏う軍服は、ナポレオンのフランス大陸軍の軍服のデザインから。
 
↓ベルリン国立バレエの初演復刻版より

 

 

 

↓ナポレオン率いるフランス大陸軍の軍服

 

 

また、第2幕のお菓子の国で、人々が纏う衣装も、皇妃ジョゼフィーヌが流行させたとされるファッションとどこか類似しています。

 

↓ベルリン国立バレエの初演復刻版より 第2幕

 

↓皇妃ジョゼフィーヌの肖像画

 

 

勿論、「くるみ割り人形」は、表面的には、子供が夢見るような夢物語に仕上がっており、あからさまに政治的意図が見える作品ではありません。

ただ、作品の随所には、このバレエが生まれた帝政ロシアを思わせるモチーフが絶妙に散りばめられているといいます。

 

それを最も象徴するのは、「くるみ割り人形」は、「借り物」を集めたともいえる作品であること。

 

例えば、アラビアの踊りは、プティパの「甘たるく、魅惑的に」という指示を基に、チャイコフスキーがジョージア(グルジア)の子守唄をベースとして作曲したもの。

 

マリインスキーバレエ公演より

 

 

こちらが、その”Megruli Nana"というサメグレロ地方の子守唄。チャイコフスキーは、1886年~1890年の間、ジョージアを5回訪れ、様々な民族音楽に触れたそうです。

果たして似ているのか…。皆様、どう思われます?似たタイトルの曲が色々出てくるのですが多分これのはず…。

 

 

勇壮なトレパックは、今のウクライナ発祥とされるコサックダンスが振付のベース。

 

↓モスクワ出身のAlexander Kalinin振付のトレパック。これ、凄いです。

 

1幕のパーティーシーンのお開きを告げる「祖父の踊り」は、17世紀ドイツに伝わるもの。

 

↓ニューヨーク・シティ・バレエ団公演より

 

結婚式の最後で踊られて、「宴のお開き」を意味するもので、ロベルト・シューマンをはじめ、そのメロディーは幾度も借用されるモチーフでした。

 

↓元のメロディーはこちらから。

 
 
こうした様々な文化からのオマージュについて、Morrison教授は、「借り物の文化で構成されたロシア帝国そのもの」だと主張しています。
子供が夢見た「お菓子の国」は、「くるみ割り人形」初演から25年後には崩壊した、帝国への幻想そのものだったと。
 
 
夢のように甘いお菓子の国がボロボロと崩れ落ちそうなお話ですが、どこか「くるみ割り人形」に関する疑問点が解消されるような解釈だと思わされました。
異文化への表現が不適切だと指摘される背景にも、初演当時からのこうした帝国主義があるのだと、理解しておくことは、上演する側にも、観る側にも大切なことかもしれません。
 
次回は、こちらに関連して、「アラビアの踊り」と「中国の踊り」を、オリエンタリズムやイエローフェイスといった概念から見ていきたいと思います。
 
 
 
参考HP