今日の父は、だいぶはっきりした受け答えができました。
声も大きくなってきたし、時計もちゃんと時間がわかるようになってきました。
週の始めの頃は、夢と現実の区別がつかず
夢の中で私が大きな事故を起こしたらしく
面会に行った時に、大きな事故起こしてケガはないか?などと言っていたのが嘘のようです。
毎日、天井の一点を見ている時間が多いので
何か簡単な遊べるものを百均で買ってきました。
塗り絵はサインペンで輪郭だけでも書いてもらえたらと思って用意しました。
でも、今日パズルやろうと見せた所
拒否反応ハンパなく、やりたくないと一言。
ゆっくり、ゆっくりやっていこうね。
今日は姉も面会に来たので、とても嬉しそうでした。
父が救急病棟から一般病棟に移りました。
やっと、少しピューレ状のご飯を食べる事が出来ました。
これで熱が出なければいいのですが。
父には双子の兄がいます。
でも、父の頃の双子ちゃんは敬遠されていたらしく、年子として育てられたそうです。
私も父と叔父が双子というのは、中学に入ってから聞きました。
父と叔父は、小さい頃とてもいじめられたそうです。
一卵性双生児なので、かなり似ていたから。
父が入院した事は、叔父には連絡しないでおこうと母と話をしました。
心配かけたくなかったのと、父の状態がもう少し落ち着いてからにしようと決めていました。
でも、父が入院した時から
毎日叔父は父の携帯に電話をかけていたのです。
着信履歴を母が見て慌てて叔父に電話したそうです。
叔父が昨日父に会いに病院にお見舞いに来てくれました。
同じ顔をした、元気な叔父と熱でポヨーンとした父。
叔父が父に、俺を1人にしないでくれよなって話しかけていました。
昨日までまともに会話ができなかった父ですが
叔父とは話がちゃんとできて2人の間に不思議な空気が漂っていました。
叔父は、何となく気になって電話をかけていたそうです。
双子って何か不思議な糸で繋がってるのかな。
1986年4月から社会人になり今日で一旦社会人を卒業する事にしました。
社会人と書きながら、ふと社会人って?思って
ポチッと検索したら
しゃかいじん
【社会人】
- 1.実社会で活動する人。
- 2.社会の一員としての人。なるほど。。。やっぱり今日で卒業だな。と、言っても実際は去年の9月から会社には行ってません。12月には復職するはずの職場。途端に歯車が狂い出した12月。もうどうでもいいと自暴自棄になった12月。家族にも黙って過ごしていたあの頃。休んでいる事を話した時の驚いた両親の顔でも、辞めなさいと一言言ってくれた。たくさんの親不孝をして、これでもかってくらいに親不孝して。でも、辞める事を応援してくれた両親。今は不安だらけだけど、会社に行かなければならないというあの頃の不安からしたらどうって事ない。やらなければいけない事やりたい事やれたらいいなぁって事私の中でいくつか動き出した小さな細胞まだまだ、形にすらなってないものばかり。でも、今年いっぱいはこの無職生活を送ろうと思っている。てが吉との最低限の生活は確保した。明日からの無職ピカピカの一年生の一歩を焦らずゆっくり進もうと思う。死ぬ気で働いたあの頃も、素晴らしい仲間に巡りあえたから。1人じゃなかったから乗り越えた。本当にあの頃は、働いて遊んだ。全部が楽しくて、辛くても楽しかった。人生の先輩で、まだまだ現役で働いている人達はたくさんいて、その人達からみたら私なんてちっぽけだと思うしこんな事書いてたら恥ずかしい気持ちもある。でも、私は新しい一年生を始める事にした。ブルームーンの日ちょっぴり早く咲いたサクラ何となく嬉しいスタート。うーん。スタートっていうより準備期間かな。今までたくさんの人に支えてもらい助けてもらい感謝の言葉はいくらあっても足りない。これからも、ぽちぽちと歩いてみます。まずは、自分の体を大切に大切な人を少し離れた所からフワリと包めるように家族の力になれるように大事な友達の支えになれるようにもちろんてが吉との生活を宝物にして。無職人になります。
