アレクとフェリクスの幼年学校組が夏季休暇を迎え、彼らは頑として他の生徒と同様の寮での集団生活の継続を望んだのだけれど、幾つかどうしても出席しておくべきだとヒルダの判断した式典があって、アレクは不承不承、フェリクスは片時も離れぬことのない最後の壁となる護衛としてフェザーンへの帰還を受け入れた。
折角の機会なので、宇宙港へ向かう途上に、私のところへも寄っていくという。
嬉しいことに覚えてくれていたらしい。
ヒルダの手配で日頃から極力護衛の数を減らしてはいるものの、それでも5台ほどの車列を作って二人は姿を見せた。
もっとも、やはりヒルダの手配で、私の住むフロイデンの山荘自体、私には知らされていないし探しても見つけられないが、常日頃から厳重な警備が為されている。
やんわりと断ったのだが、ヒルダ曰く「ご自分の値打ちを全く理解されていない」とのことで、フェザーンに越すか警護を受けいれるかの判断を迫られて、私は警護付きでフロイデンの山荘に留まることを選んだのだった。
「アンネローゼ様、お久しぶりです」
「姉上、お久しぶりです」
まず、フェリクスが地上車を降り、先に降りて周辺を確認していた従者の目くばせを受けて、アレクに降りるよう促した。
「まあ、ふたりとも背が伸びたの?」
驚いた、たった半年、それだけの期間で見違えた。
「もちろん、とっくに母上は越しましたし、父上に追いつくのもすぐです」
少し弟の面影を感じるようになったアレクが、ちょっと得意げに言う。
「まあ、私の方が高いんですけどね」
見た感じ横に並んだ二人は同じくらいな背丈に思えたが、フェリクスが自慢気に口を挟んだ。
「直ぐに抜く!」
アレクがちょっとむくれる。
たちまち賑やかな言葉の応酬が始まった。
(そういえばのっぽのお隣さんを随分羨ましがってたっけ……)
目の前の二人とは違って出会った頃は随分と身長に差のあった二人の事を思い出す。
「どちらも、もっと伸びるわよ。さあ、入って」
言い争いを続ける二人を山荘の中に通す。
本当は、二人が言い争いに飽きるまでずっと傍で聞いていたかったのだけれど、残念なことにアレクの時間には限りがある。
※
「なんですか、このサンドウィッチ、めちゃくちゃ美味いんですけど!」
アレクが真に驚いたと言った風に、お行儀悪く口をもぐもぐさせながらこちらを見た。
幸い、警護の責任者はヒルダにも言い含められているのだろう、私の出した食べ物をいちいち改めるようなことはせず、アレクが真っ先に用意しておいた大皿のサンドウィッチにぱくりとかぶりついた。
残念なことに、アレクのスケジュールに1時間以上の余裕を作ることはできなかったので、今回はディナーもゆっくりお茶を楽しむこともお預けで、それでも食べ盛りの二人に何か食べてもらいたくて軽食を用意したのだった。
まあ、顔を見せに来てくれただけで充分すぎるのだけど。
「お手製のクリームとジャムなのよ、お気に召して?」
「えっと、マロンクリームですか?」
最初のひとつを素早く呑み込んで、さっそく次の一つを手に取ったアレクが三角のサンドウィッチを二つに割った。
「あっ、苺かぁ、なんかマロンクリームに酸味が凄くあってます」
鮮やかな発色の山吹色のクリームに真っ赤なベリーのジャムがアクセントを添えている。苺自体はそれほど甘くもなく、甘みも足していないが、主張の強いマロンクリームをきりりと引き締める役目をしている。
我ながら、よく出来ている、と思う。
「あっ、こら、フェル、そんなに持ってくな」
話している間に、フェリクスがぱくぱくと手品のようにサンドウィッチを口の中へと消していく。
食べ盛り、こんなものでは幾ら食べても足りないのかもしれない。
「大丈夫よ、頑張ってたくさん作ったから」
皿を奪い合い始めたふたりにそう言って、侍女に合図をする。警護の人員にも行きわたるだけの量は用意してあった。
※
「マジで姉上は料理の天才だな」
気の済むまで食べ尽くしたアレクが、地上車の中でそう言った。
「まったくだ、あんなありふれた材料でなんであんなに美味くなるのか、ちょっと理解しずらい。母さんもかなり上手だが、さすがにアンネローゼ様には敵わないな」
こちらも同じ程度はしっかり食べてきたフェリクスが相槌を打つ。
「でも、やっぱり、最初のあれは父上とキルヒアイス元帥なのかなぁ」
サンドウィッチはいろいろな種類が用意されてどれも美味かったが、やはり、最初に出されたマロンと苺のものが群を抜いていた。
「さあな、さすがにアンネローゼ様の心中を察するなんてのは俺たちにゃ早いさ。あんな美味いもの食べられただけで良しだろ」
少し考えた後で、慎重に言葉を選ぶようにフェリクスが答える。
「……そうかもな」
敬愛するアンネローゼが過去にいかなる傷を負ったのか、少年たちは断片的な知識を持っていたが、それはまだ彼らがどうこうできるような生半可なものではないと、そうヒルダにきつくくぎを刺されていた。
※
用意した大量のサンドウィッチすべてが、二人の幼年学校生を中心とした、日頃この別荘には存在しない男たちの驚異的な胃袋の前に撃破されてしまった。
もう、嬉しいやら、恥ずかしいやら。
そう、二人に出すために準備していたわけではなかったが、苺のジャムは思いついて赤毛の隣人をイメージして作ったものだった。
戯れに豪奢な黄金のマロンクリームを作って合わせてみたら、自分でも驚くほど素晴らしいマッチングに仕上げられたと思う。
それが少し嬉しくて、思わず二人にも出してしまったのだけれど、きっと気づいていたんだろうなと、二人を帰してから思い至った。
「まあ、あれはラインハルトだし」
こっそり作っておいたサンドウィッチを、ひとり頬張る。
こちらは少しだけ二人に出したものとは異なるマロンクリームと苺ジャムの取り合わせだ。
甘さを抑えた少し渋さすら感じる淡い黄金色のマロンクリームとかなり甘めに拵えた苺ジャム。
「あまーい」
だめだ、ありえない取り合わせ。
(やっぱり、だめかぁ……)
それでも、私だって、溢れんばかりの甘さに包まれてみたかったのだから致し方ない。
半泣きになりながら、残りをなんとか食べきってしまう。どんなに不味かろうが、捨てるのなんて絶対に嫌だった。