多分、まだ若木だったあの時に、強引に引き抜かれてしまったわたしの人生は終わったのだと思う。
わたしにとっての陽だまり、金と赤が交わり合った最初の瞬間から、互いが互いを照らす都度より輝きを増していった最高の二人にすら、時を越える術があろうはずもなかった。
それでも、本物の死へ至るまでに与えられた猶予に、赤色巨星に対する中性子星のごとく凝縮されたふたりの生き様を目の当たりに出来たことは幸せなことには違いなかった。
分かれ道、ひとつであるべき二人を分かてるはずもなかったのに、弟は半身を手放してしまった。
なぜすぐに会ってやらなかったのかと後悔しなかったわけではないが、わたしがただひとつ世界に残してきた希望が永遠に喪われてしまったことを、他に何も持たないわたしにはどうしても認めることが出来なかった。
わたしと弟に居場所をくれた赤髪の少年を愛していたのかは自分でもわからない。
なぜなら、とっくに死んでしまっていたわたしに、誰かを愛する資格があるとも思えなかったし、何より今更生きたいと思ってしまうかもしれないことはただただ恐ろしかった。
「姉上?」
弟によく似た黄金の髪の少年が動かしていた手を止め、心配そうに口を開いた。
ヒルダのちょっとした悪戯で、未だ実権を持たぬ銀河帝国の皇帝はわたしのことをそう呼ぶように躾けられている。
それはまるで弟に呼ばれているかのように父子でよく似た響きを持っていて、最初は嬉しいような悲しいような不思議な気分にさせられたものだ。
「ごめんなさい、あなたたちの食べっぷりに少しびっくりしていたの」
目の前でわたしの焼いた林檎のタルトを驚くべき速さで撃破しつつあるふたりは、ここへ来る前にヒルダが送って来てくれた通信によれば、来年幼年学校に入学するため、すでに当然のごとく厳しいトレーニングを始めているという。
皇帝が幼年学校に入学するなどゴールデンバウム王朝であれば前代未聞だったが、アレクが強く望み、ヒルダが道を整えたのだという。
「ほらみろ、アレクが品のない食べ方をするから」
これもヒルダからの情報によれば、限られた本当に身内と呼べる大人の前以外では決して臣下としての態度を崩さないフェリクスが、紛れもない無二の友人の口調でアレクをからかう。
ミッターマイヤー元帥夫婦の育て方がいかに素晴らしいか垣間見える。
「しょうがない、林檎のタルトがこんなに旨いなんて思わないだろう」
アレクが素早く最後の一切れを摘まみ上げながら嬉しいことをいう。
「確かに。美味しすぎです、アンネローゼ様」
フェリクスが相槌を打ち、異論がないことを表明すると、手に残った一切れを競うように口に放り込んだ。
なんだか、泣きたくなってしまう。
ヒルダにたくさん感謝しなくては。
ミッターマイヤー夫妻とロイエンタール元帥にも。
※
「また、おいでなさい」
彼らの人生は彼らのもので、そこに過ぎ去った過去を重ねるつもりはないけれど、叶うことなら見ていたい、僅かばかりでいいから手を貸したいと思えた。
「もちろん、姉上!」
「はいっ、アンネローゼ様!」
フロイデンの山荘を心地よい二つの声が吹き抜けた。