ここにいるの?いないの?
なにもすることがない。ただ日々をすごす自分。
だらだら目標もなく生きる。
それもいいかもしれない。
でも本当はかっこよくさ、自分を生かして行動できる。そんな場所がほしい。
でもそのためには苦痛が伴う。
その苦痛から逃れる。そしてそんな自分が嫌いになる。
それでも・・・それでも前に進まなきゃって思う。
でもだめ。進めない。壁。楽なほうへいってしまう。
自分の気持ちは、どこにあるのだろう。
本当の自分はなにがしたいのだろう。
いや・・・実は本当の自分なんていないのかもしれない。
やってみる。その後に残るのは、なんだ、
ここ最近思うこと。自分の能力ってなんだろう。
自分の考える自分は、人に誇れるような能力をもっていない。
平凡に生き てきて、これからも平凡にいきていくのだろう。
その中で何かを考えて、やってみて、それである程度の能力がつく。
だがそのある程度の能力で自分の決して長いといえない年月を
意義あるものにできるのだろうか。
自分のやりたいことを見つけられない。見つけてやって合わなかったら、
無駄に時間を消耗する。だからなかなか探すことをしない。
しなきゃいけないと思っていても結局怖くて不安で動けない。
これじゃ・・・だめなのに・・・
ダンデライオン
ダンデライオン たんぽぽのこと。今日はタンポポをみて考えたこと。
去年橋のコンクリートの割れ目にタンポポを見つけた。
自分はこんなところにでもつよく咲くたんぽぽに感動した。
そして今年。同じ場所にタンポポが咲いた。
でも自分は感動しなかった。
このたんぽぽは去年の奴じゃない。
同じ場所に同じ時期に咲いたタンポポでも去年の奴じゃない。
見た目も変わらない。何も変わらないのに・・・同じといってもいいかもしれない。
けど、それを許したら、自分が自分じゃなくてもいいということだ。
人の変わりはいないのと同じ・・・たんぽぽの変わりもまたいない。
あの橋のたんぽぽにここまで考えるのは多分自分だけだろう。
つまり、自分がいなくなったらあのたんぽぽは、この世にいないのと同義。
物は誰かに認識されてこそ、物になりうる。
本当の自分。去年のたんぽぽ。
こいつらは誰かに認識されてるのだろうか・・・