ブログを書こうと思ったときにしか書かない!
書きたいことだけを書く! と決めてから、気ままに書かない日は書かずに済ませちゃってます。
昨日今日と明日、私は「スーパーまつもと」さんの鮮魚部門のお手伝いをしております!
魚屋歴10年ありまして、魚のことなら大体なんでも出来るんですよ。
そして頼られるっていうのも嬉しいことで、お盆の忙しい期間だけヘルプなのです。
明日は東長崎のスーパーに行けば私の作ったお刺身が食べられるかもしれない! なんていう宣伝になるかどうか解らない宣伝をさせて頂きます!
宣伝をしたところで、古い言葉や漢字の事を考えることが増えてきた近頃、思い出すとアレッ?って思う言葉が多いんですよね。
元気の「気」は略字で、本来は「氣」という文字。
米が体内に入ることで「氣」(エネルギー)になるという文字。
これはマクロビなどの世界では割と有名になりつつある文字なんですが、文字に限らず他にも沢山あったりするんですよね。
以前から人に話すことがあったのですが、「大往生」「ぽっくり逝く(死ぬ)」という言葉も聞かなくなったなぁと。
安楽死って選択肢をとらないと、すんなり死ねない世界になってるというのが個人的には不思議でしょうがない。(いろいろな問題があるのでここでは触れません。)
そしてこの1ヶ月ぐらいで新たに気付いた言葉、私が子供の頃はTVCM等でも良く聞いた言葉です。
親が子供に向けて願うこと、「貧しくても良い、健やかに生きて欲しい。」という想い。
私は昔から、これが自分の中の当たり前でした。
当たり前になりすぎていて、今の世の中がそうじゃないと意識して気がつくことが出来なかったほどです。
今の世間を批判すると言うわけではないのですが、今のお父さんお母さんは子供に何を望むのでしょうか?
子供を育てたいのでしょうか?教育したいのでしょうか??
今まで私自身明確な言葉にはできてなかったのですが、私自身昔から子供ができたら・・・という時の事のイメージがありました。
言葉に出来なかったのは私が未熟だったからなのでしょうが、この最近明確に言葉に出来るようになりました。
子供は親(大人)が面倒を見ますが、生きている限り子供は勝手に成長するんです。
親を見て、友達と触れ合って、先生や道行く大人等当たり前に周りの人達から様々な事を吸収して成長していくんです。
昔から、自分に子供が出来たらこういう事をしてあげたいという物は沢山ありました。
「キャンプに連れて行きたい。」「本を読ませてあげたい。」「同じ物なら良い物選んで買ってあげたい。」「友達と家でお泊まり会とかさせてあげたい。」
こういった感じのことを考えていたんですよね。
本気で「○○という習い事をさせたい」とか、「塾に通わせたい」といった事は考えてなかったんですよ。
「様々な経験をさせて、我が子が本当に望む事をさせてあげたい、わがままをさせるのではなく、思う事をさせてあげたい。」
単純な言葉で当たり前に思うのですが、これがなかなかそうはいかない・・・・・。
実際彼女すら居ない私ですが、この1ヶ月近くの間、この事をなぜか本当によく考えるんです。
今の私にもし子供が出来たら、子供に残してあげたい物は2つです。
「思う事を出来る健康な身体」と「この親の元に生まれて良かった」と思ってもらえる自分の生き様と行動です。
子供が生まれてから焦ってそうなろうとしてもきっと無理だろうなぁ、そう思うので今からがんばってます!
「その前に彼女作れよ」とか、「お金稼げないと、生活見えない男の所に女は寄ってこないぞ」とか手厳しい現実があるんですけどね!!
っしゃぁ、やってやるぅぅぅぅぅ!!!
と意気込む日々でございます。
不定期な上に読みにくい文章かもしれませんが、読んでくださる皆様に感謝です♪
